
中活法で描く秦野の未来(神奈川県秦野市)
令和7年3月、神奈川県秦野市は中心市街地活性化基本計画(以下「基本計画」という。)の新規の認定を受けました。
秦野市における基本計画認定までの取組みと、計画の実現に向けた課題、そして中心市街地の活性化に関する法律(中心市街地活性化法、中活法)を活用する背景について取材しました。

目次
1.中心市街地の課題
(1)秦野市の概要
秦野市は神奈川県の中央よりやや西寄りに位置する、人口約160千人の内陸都市です。市域の北半分は丹沢山系の山地であり、市街地は南側を東西に走る小田急線4駅(鶴巻温泉駅・東海大学前駅・秦野駅・渋沢駅)を中心に広がっています。また、東名高速道路・新東名高速道路が並走し、都心から電車、自動車ともアクセスが良好です。かつては東海道の脇往還の宿場があり、大山詣での道としても栄えました。
江戸時代の富士山噴火を転機に、火山灰を含む土壌でも育ちやすいタバコの栽培・生産が始まり、県央地域の経済の中心として発展しました。その後、タバコ畑から「きれいな水と空気」を活かした工業用地への土地利用転換が進み、都心から電車で1時間強という立地から住宅需要も進み、商業機能も発展しました。
画像:自然に恵まれた秦野市のまち※ 画像:市域を東西に流れる水無川
(2)基本計画の概要
基本計画は、中心市街地を秦野駅北口側26haの、比較的コンパクトなエリアとしています。駅北口から水無川を越えて北東へ伸びる県道705号を中心に、その西側に並行する県道704号の本町四ツ角交差点を含む商業地域です。

基本計画では、次の4つの課題を掲げています。
①中心都市拠点としての都市機能の強化
②人々の暮らし・活動の中心となる通りの再生
③まちなか暮らしの推進
④地域資源の活用による持続可能なまちの実現
本区域を通っている県道705号や県道704号、片町通りや花みずき通りの商店街は、古くから商業の中心として市民の生活を支えてきましたが、近年は空き店舗が増加しており、商業機能の低下がみられます。
また、子育て世代など若い人は郊外に居住することが多く、週末は車で幹線道路沿いの店舗などに出かけてしまい、中心市街地の高齢化・空洞化が進んでいます。
平成12年に1,900人だった中心市街地の人口は、令和2年には1,700人を下回ったとのことです。
そのような中で、中心市街地のほぼ中央に位置する県道705号では、神奈川県による拡幅整備が行われており、令和3年度から本格的な工事に着手し、令和8年度の供用開始を目指している状況です。
画像:昭和46年頃の県道705号の様子※ 画像:昭和46年頃の県道705号の様子※
画像:現在の県道705号
基本計画では、県道705号沿道に多世代交流拠点の整備と、商業・業務の新たな核づくりを謳っています。子育て世代から小・中・高校生の居場所をはじめ市民や来街者の交流・活動を促し、若い人を中心市街地に呼び戻すとともに、商業地域の立地を生かした企業等の誘致により、にぎわいを復活させることを目指しています。あわせて、商店街の空き店舗対策として開業促進を行うとしています。
また、秦野市ならではの地域資源である「秦野名水」(地下水の湧水)の魅力の発信や、まちなかの回遊性の向上も課題です。
2.基本計画認定までの取り組み
基本計画の認定につながる秦野市における取り組みは、令和4年度に始まりました。
(1)2つの会議体(協議会と懇話会)
中活法の中心市街地活性化協議会にあたる「秦野駅北口周辺にぎわいのあるまちづくり協議会(以下「協議会」という)」は令和4年8月26日に発足しました。参加メンバーは、学識経験者・地域経済団体・交通事業者・地元金融機関・行政等です。
もう一つは「秦野駅北口にぎわい創造検討懇話会(以下「懇話会」という)」です。「にぎわい創造検討懇話会」は、市民や学生、市内企業で働く方など、まちに関わるさまざまな人のまちに対する思いやアイデアを共有し形にする場として、市内の4駅それぞれに設けられているものです。秦野駅北口については令和4年9月11日に第1回懇話会を開催し、活動をスタートしました。参加メンバーは自治会・商店会会員・地区周辺に立地する企業の従業員・学生・活性化に意欲のある方などが中心です。
画像:にぎわい創造検討懇話会第3回会議の様子※
このように、懇話会は市民の思いやアイデアを抽出して実現に向けて活動し、協議会は中心市街地の目指す姿に照らし懇話会での思いやアイデアをブラッシュアップする、それぞれの役割が明確になっています。
(2)まちづくりビジョンの検討と策定
秦野市では、中心市街地の目指す姿「秦野駅北口周辺まちづくりビジョン(以下「ビジョン」という)」を、市の4つの上位計画(総合計画・都市マスタープラン・立地適正化計画・小田急4駅周辺にぎわい創造に向けた中心市街地活性化推進方針)と整合させつつ、懇話会で出された意見等を反映する形で検討を行いました。
そして、市は令和4年度に「ビジョン(案)」を公表し、協議会は方向性や内容の確認を行ってきました。また、年度内に計4回行われた懇話会での意見等をビジョン(案)に反映させてきました。
令和5年度には地元関係者のヒアリングとパブリックコメントを実施した後、最終案の協議会の確認を経て、令和5年11月に正式に策定し公表しています。
画像:秦野駅北口周辺まちづくりビジョン※ 画像:令和4年度開催シンポジウムの様子※
(3)シンポジウム・社会実験の実施
市民に広くまちづくりに興味・関心を持ってもらい、巻き込んでいくための取り組みも行いました。
令和4年度には、まちづくりシンポジウムを開催しました。1回目は令和4年8月27日にキックオフシンポジウム、2回目は令和5年3月26日にビジョン(案)公表のシンポジウムを開催しました。
また、ビジョン(案)の公表を受けて、令和5年度には、にぎわい創造に向けた社会実験「はだののミライラボ」を実施しました。重点プロジェクトのうち、「県道705号沿いエリアにおける交流拠点の創出」と「水無川沿いエリア(市道6号線沿い)における憩いの空間づくり」を実践するため、多世代交流・滞留の場を作るイベントが両エリアで行われました。実施に際しては実行部隊として懇話会が活躍し、社会実験後には意見交換が行われました。
令和5年度後半から令和6年度にかけては、ビジョンを基にした基本計画案の作成を開始し、引き続き協議会が基本計画策定に向けた協議を行いました。
この間、協議会は令和6年3月にビジョン実現に取り組むエリアプラットフォームに位置づけられています。また、懇話会は「はだののミライラボ」の継続・運営を担いました。
画像:令和5年度開催「はだののミライラボvol.2」の様子※
この3年間の取り組みをまとめると、
・懇話会で市民等からの意見をくみ上げ、市が意見を反映させながらビジョンを作成し、協議会が意見とビジョンの両方を確認する
・懇話会はビジョンに基づく社会実験の実行部隊となり、市はビジョンを基に基本計画を作成し、協議会は基本計画策定に向けた協議を行う
このように、懇話会(市民等)・協議会(地域関係団体)・市(行政)が連携し、それぞれの役割を担い、基本計画の認定へとつないでいったのです。
3.計画の実現に向けて
(1)商業機能の活性化
認定基本計画の1年目が始まった秦野市が、経済活力の向上のために課題としていることは、「空き店舗対策と商店街支援」、「活性化の担い手の発掘と育成」、「電子地域通貨の活用」の3点です。
①空き店舗対策と商店街支援
前述のとおり、中心市街地の商店街では空き店舗やシャッターが目立ち、高齢化も進んでいます。特に住居一体型の空き店舗が多く、空き店舗物件であっても借手を見つけるのが難しい状況です。
画像:中心市街地内の商店街の様子(片町第一商店街) 画像:中心市街地内の商店街の様子(上宿商栄会)
②活性化の担い手の発掘と育成
商店街の活性化につながる、商業やまちづくりの取り組みに関する担い手の発掘と育成という課題もあります。地域内の人の回遊性の向上、まちなかでの開業の推進を図るための基本計画事業を、具体的に企画・実施していく人材です。秦野市では、まちづくり会社の設立も検討していますが、どのように会社を作っていくか等の検討が、まだ不足しているとのことです。
③電子地域通貨の活用
秦野市では、令和6年12月から導入された電子地域通貨「OMOTANコイン」の活用の推進に取り組んでいます。スマートフォンの専用アプリから登録し、コンビニエンスストアや金融機関、公共施設に設置したチャージ機を通してチャージすることで、市内の加盟店での支払いに使用でき、支払いに対して1%のポイントが付与されます。貯まったポイントは市内での買い物に使えます。
毎日アプリを閲覧してもらうため「健康ウォーキングポイント」を導入し、1日7,000歩で3ポイント付与されるなどの工夫をしています。お知らせ機能やバナー機能もあり、イベント等の情報を利用者に送信することが可能です。
この電子地域通貨の導入により、中心市街地へのアクセスが少なかった30~40代への情報発信が可能になったといいます。専用アプリのダウンロード数は34,000件を超えており、今後の中心市街地での取り組みにおいて、広報ツールとしてどのように活用するかが課題となっています。
画像:「OMOTANコイン」チラシ※ 画像:オンライン相談支援の様子
(2)中小機構の支援策の活用
このようなまちづくり課題に対して「どこから手を付ければいいのか」というのが、秦野市でも問題になっていました。誰が動くのか、誰に参画・協力してもらうのか、やるべきことの内容や順位付けなど、実際に基本計画を動かして実現するには、多くのことを考えて実行しなければなりません。計画期間に、効果的かつ効率的に進めるためには、推進の仕方をきちんと整理しておくことが大切です。
そこで、市は中小機構のまちづくり支援策を活用しました。令和7年度から始まった「まちづくりオンライン相談」です。中心市街地活性化協議会・地域支援機関(商工会議所・商工会等)・地域活性化に取り組む者(商店街等組織やまちづくり会社等)に対して、簡便に専門家の助言を受けることができます。
約2時間の相談では、「目指す将来像を分かりやすく具体的に可視化すること、可視化をしていく過程で中心となれる人材を洗い出すこと、将来像の実現に向けたオープンな検討や推進が可能な組織を作ること」などについて、中小機構アドバイザーから助言がありました。
特に将来像の実現については、もっと「自分ゴト」で考えられる人の関わりを増やし、持続する組織を作りたいと、秦野市側から発言がありました。
そして、今後の方向性として、キーとなる若手やキーパーソンなどで勉強会や事例視察を行い、未来像推進のための取り組みや組織について検討していくことを示されました。
また、中小機構のアドバイザーから、秦野市の状況を踏まえたうえで、参考となる全国の事例を数多く紹介されました。
今回の支援に対して、「次のステップに進むための方向性の提案を受けられた」「目標をより明確にイメージできた」「相談前は不安が大きかったが、アドバイザーの丁寧なアドバイスを受けられ、今後は積極的に支援を活用したい」といった感想をいただきました。
4.中活法を活用する理由
中活法の基本計画認定等の制度は、国等の支援施策(補助金等)の縮小や事務負担などから、近年は活用が低調です。そうしたなか、秦野市は、なぜ基本計画認定を目指したのか。市では、次のように考えています。
・「秦野市総合計画はだの2030プラン」では、リーディングプロジェクトの一つに『小田急線4駅周辺のにぎわい創造プロ ジェクト』を掲げ、小田急線4駅周辺ごとの地域資源を市民と行政とが協働して磨き上げ、その魅力にひかれた人々が、まちなかに集い交流することで、快適な日常生活や地域の経済活動が活発に持続する状態(=にぎわい)に導くこととしていま
す。
・なかでも立地適正化計画の中心都市拠点と位置付けている秦野駅は、まちの顔である駅北口から臨む県道705号の拡幅整備に伴い、沿道の商店が減少し、その後の民間活用の目途が立たない状況でした。また、駅に交通結節点以外の利点に乏しく、中心市街地においてもにぎわいや交流を醸成する機能が不足していることが課題でした。
・そこで、秦野駅北口のにぎわい創造に向けて、市民や商店街、企業の方々らとともにまちの将来像について検討し、秦野駅北口周辺まちづくりビジョンとしてとりまとめ、この実現に向けて取り組むこととしました。
・秦野駅北口周辺まちづくりビジョンでは、県道705号沿道に、市の中核となる交流拠点の創出や駅前を流れる水無川沿いの歩行空間のあり方の検討にくわえ、地域資源を生かした個性あるまちなみづくりや沿道の空き店舗を活用する仕組みづくりなどを掲げています。
・このビジョンに基づき、快適な日常生活や地域の経済活動が持続するまちづくりを公民連携で実現するためには、ハード整備の支援に加え、ソフト面でも各省庁の支援を受けながら着実に事業を進める必要があることから、中心市街地活性化基本計画の認定を目指すこととしました。
活性化に取り組むエリアが明確で、ハード整備とソフト面の両方の充実を図る必要があることから、一体的な推進を考えることができる中活法の活用が適していたものと伺えます。
5.おわりに
秦野市における中心市街地活性化は、時間をかけて、市民をはじめ地域の声を基本計画に取り入れることに努め、まちへの思いを大切に育みながら推進している様子が見受けられました。懇話会や協議会の活動、若い世代への働きかけなど、まちを想う人たちの輪を少しずつ広げていった実績は、今後の基本計画の推進にも活かされると思われます。
地域のさまざまな関係者をさらに巻き込んで、中心市街地の活性化に取り組み、より魅力的なまちへと成長していくのが楽しみです。
※印の写真・画像については、秦野市から使用の許可をいただき掲載しています。