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中心市街地活性化協議会支援センター

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まちづくり事例さまざまな市街地活性化課題解決のヒント
まちづくり事例

トモツク会の結成と中小機構の支援事業活用(岡山県井原市)

 商店街は、かつて中心市街地の賑わいの源でした。買い物や交流の場として人々の暮らしに密接していた通りも、車社会の進展や郊外型大型店の増加、人口減少と少子高齢化という変化の波を受けています。地方都市の一部では、空き店舗が増えて歩く人の姿もまばらという状態が続き、中心市街地の賑わい喪失の原因の1つとなっています。
 その一方で、新たな発想から賑わいを取り戻そうとする動きが生まれています。
 岡山県井原市で2025年9月にオープンした「駄菓子屋トモキチ」もその1つです。商店街の未活用店舗をリノベーションし、まちのサードプレイスとして多世代が集い交流する居場所をつくり出すというこの取り組みは、商店街の多機能化による活性化と中心市街地の賑わい再生につながることが期待されるものです。
 本稿では、取り組みに至るまでの背景や組織作り、駄菓子屋トモキチ誕生に至った理由や今後の活動のあり方などについて考察します。



目次


1.井原市の概要

 井原市(いばらし)は、岡山県西南部に位置する人口約36千人のまちです。1953年に井原町・木之子村・稗原村が合併して誕生し、その後も周辺町村を編入しながら現在の市域になりました。市の北部には中国山地の山並みが広がり、南部は吉備高原のなだらかな地形が続きます。市の中央を小田川が流れ、川沿いには古くからの集落や商店街が軒を連ねています。
 井原といえば「デニムの聖地」として全国にその名を知られています。江戸時代初頭から綿・藍の栽培と厚地藍染織物生産が盛んで、1960年代に日本初のデニム生産を開始し、一時期は国内生産の75%を担っていました。現在もその品質が国内外から高く評価されています。その他、製造業・自動車関連産業なども盛んです。
 豊かな自然環境も井原市の魅力です。春には井原堤に咲き誇る桜が訪れる人々を楽しませ、桜並木は「日本さくら名所100選」にも選ばれています。さらに、美星町には西日本有数の天文台があり、美しい星空が観光資源として注目されています。
 交通面では、1971年の井笠鉄道の廃線が市街地の衰退要因のひとつとなりましたが、その後道路網の整備や1999年の井原鉄道の開業により、周辺都市(岡山、福山等)とのアクセスが改善されました。
 高齢化が進んでおり、2024年10月時点で38.6%と、全国平均(29.3%)を上回っています。

  • 井原鉄道井原駅
    井原鉄道井原駅
  • 井原堤の桜(井原市観光協会HPより)
    井原堤の桜(井原市観光協会HPより)

2.トモキチが誕生するまで

 トモキチができた井原町商店街のある地区は、以前は商業地として賑わっていました。当時を知る方によると、ジーンズ(デニム)が大流行した1960年代には毎日買い物客であふれる通りだったそうです。前述の井笠鉄道の井原駅は現在の井原バスセンターに位置しており、井原町商店街も近接していました。その後開通した井原鉄道の井原駅は井原バスセンターから1キロほど離れた場所に作られたことなどから、人流の変化も商店街の衰退に影響したと考えられます。

井原市位置図(GoogleMapに加筆)
井原市位置図(GoogleMapに加筆)
井原市市街地地図(国土地理院地図に加筆)
井原市市街地地図(国土地理院地図に加筆)

 現在、井原町商店街ではシャッターを下ろす店が目立ち、更地となっている場所も見られます。ところどころ住宅ができ、地区全体で商業機能が低下しているようです。

  • 商店街の様子
  • 商店街の様子
  • 商店街の様子
    商店街の様子

(1)中小企業庁「令和5年度中企庁外部人材活用・地域人材育成事業」の活用

 2023年度、新町商工連盟(井原町商店街を構成する商店会の1つ)では「商店街が地域のお年寄りや若者、子育て世帯をつなぎ、交流の場となることで、地域に必要とされる存在」となることを目指し、中小企業庁の事業を活用しました。事業では、ワークショップを全8回開催し、新町商工連盟の会員だけでなく、自治連合会協議会役員、まちづくりの会、少年団(子ども会)関係者、市民、井原市商工課など、多様なメンバーが集まり話し合いました。議論のなかでは、地域に求める機能として多世代交流のための居場所が挙げられ、その運営のための人材発掘や組織体制構築などの意見が出ました。そして「サードプレイスの構築」をアクションプランの1つとし、新たな任意団体を設立することとしました。

(2)トモツク会の結成と「中心市街地・商店街等診断・サポート事業」の活用

 新たな任意団体は「井原町商店街と地域の未来を共に創る会(略称:トモツク会)」として2024年3月26日に設立されました。そして同年7月に中小機構の「中心市街地・商店街等診断・サポート事業(パッケージ型支援)」に採択され、翌年3月まで全10回にわたり専門家(中小企業アドバイザー)が支援のために現地入りし、活動へのアドバイスを行いました。支援を通じてトモツク会では、地域イベントへの参加、空き店舗調査、先進事例の研究などを行い、トモツク会の活動拠点ともなる「サードプレイス」の具体的な姿を模索しました。

  • 会議の様子※
    会議の様子※
  • 活動(まち歩き)の様子※
    活動(まち歩き)の様子※

 2025年度、中心市街地・商店街等診断・サポート事業(パッケージ型支援)の継続採択を受け、本格的にサードプレイス作りが動き出しました。

 サードプレイスに駄菓子屋を設ける理由について、会長の村上さんは次のように話しています。
 「2年くらい前まで街なかに駄菓子屋があったのですが、高齢を理由に店を閉めてしまいました。子どもにとって駄菓子屋は、知らない大人と話をする機会になります。それが教育にも良いのでは、という話になりました」。
 「サードプレイスを作っても簡単に人が集まるわけではない、それなら駄菓子屋を作って集まるキッカケにしてはどうかと考えたのです」。
 「駄菓子屋トモキチの近くでは、以前NPO法人が食事を提供するサービスを行っていて、調理などで高齢の方が担い手として活動していたのですが、サービスが終了してしまいました。駄菓子屋でレジ係や店番になってもらえれば高齢の方たちの活動の場にもなるし、子どもと大人が混じる交流の場になるから、一石二鳥だと思いました」。

 候補地は井原市内の「大山文具店」に協力いただき、商店街内の未利用店舗を活用することになりました。7月に名称・オープン日・営業日時・店内の残置物などの対処などについて話し合い、8月には名称を「トモキチ」(「トモツク会の秘密基地」の意味)と決定し、店舗建物の空間面・機能面の確認を行いました。残置物の整理と地域への周知も兼ねた「蚤の市」も開催しました。
一連の活動では、2024年度に引き続いて専門家の伴走支援を受けました。

蚤の市の様子※
蚤の市の様子※

3.駄菓子屋トモキチ オープン式典当日の様子

 いよいよ迎えたオープン当日、井原町商店街に活気が戻りました。会場には子どもから高齢の方まで多世代の市民が集まり、笑顔と拍手があふれました。
 市長も式典に出席し、「トモツク会が並々ならぬ努力と会合を重ねて今日を迎えたと聞いた。店内の様子から皆さんの熱い思いが伝わってくる。世代を超えた新しいコミュニティの輪が広がることを期待している」と挨拶しました。村上会長は「小さな駄菓子を選ぶことを通じて、人と人とがつながり、新しいことが生まれ、地域の笑顔が集まる場所となることを願っている」と思いを語りました。地域の自治連合会長の皆さんも駆けつけてテープカットに参加し、子どもも大人も大きな歓声を上げました。

  • 村上会長の挨拶
    村上会長の挨拶
  • 大舌(おおした)井原市長の祝辞
    大舌(おおした)井原市長の祝辞
テープカットの様子
テープカットの様子

 駄菓子屋トモキチの内部は、店舗の古びた雰囲気を十分に活かしています。棚には昔ながらのお菓子が並び、子どもたちは目を輝かせて選び、大人は孫や近所に配りたいと「大人買い」を楽しむ様子が見られました。店の前の賑わいは夕方近くまで続きました。

  • 駄菓子屋トモキチ オープン日の様子
  • 駄菓子屋トモキチ オープン日の様子
  • 駄菓子屋トモキチ オープン日の様子
  • 駄菓子屋トモキチ オープン日の様子
  • 駄菓子屋トモキチ オープン日の様子
  • 駄菓子屋トモキチ オープン日の様子

4.トモキチが実現した理由

 トモツク会の設立からわずか1年半という短期間で駄菓子屋トモキチのオープンまで達成した背景には、いくつかの要因があると考察されます。ここでは3つのポイントに整理します。

(1)関係者どうしのつながり強化

 2023年度に中小企業庁の支援が入る以前、井原市では団体間の情報共有が難しく、個人的なつながりを頼りにした情報交換が中心だったそうです。しかし、支援によるワークショップをきっかけに、さまざまな団体が一堂に会する「対話のプラットフォーム」が生まれ、相互理解が進みました。その流れの中で任意団体であるトモツク会が設立され、活動の基盤が築かれていきました。
 特に、少年団(子ども会)関係者の参加によって、子育て世代が会の機動力として加わったことは大きな転機でした。村上会長や副会長の前田さんも少年団関係からワークショップに参加しており、地域とのつながりを自然な形で広げています。


 トモツク会は設立当初からSNS(インスタグラム)を活用した広報に力を入れており、発信頻度も高く、特に駄菓子屋トモキチのオープン直前には連日投稿が続いていました。紙面での広報誌の発行をきっかけに、SNS広報担当が1人から2人に増え、発信力がさらに強化されました。SNSは30〜50代を、紙面での広報誌は高齢者層をターゲットにするなど、情報の届け方にも工夫が見られます。

  • インスタグラム担当の「おかちゃん(左)・まえちゃん (右:前田副会長)」
    インスタグラム担当の「おかちゃん(左)・まえちゃん (右:前田副会長)」
  • 紙面での広報誌
    紙面での広報誌

 村上会長は「メンバーは当初、まったく知らない人同士だった」と語っており、人間関係の構築を重視して、毎月第3金曜日に定例会を開催するようにしました。LINEでの連絡が難しい人もいたことから、対面での交流の場を設けたことが、結果として多世代の参加を促すことになりました。
 また、第2土曜日には「夜会」と称する地域交流会を開催し、市内9地域の自治会を巡って公民館などで持ち寄りの会を継続して開いています。こうした地道な交流が、地域との信頼関係の構築につながっています。
 前田副会長は「村上会長が、会が元気なときもそうでないときも情報発信を変わらずこまめにしてくれるおかげで、会の軸をしっかり保ち続けています」と言います。その姿勢と温厚な人柄から生まれる調整型のリーダーシップが、トモツク会の内外のつながりを強めています。

トモツク会の村上会長
トモツク会の村上会長

(2)子育て世代を機動力に得意分野で活躍

 トモツク会の活動を支えるのは、子育て世代を中心とした多様なメンバーたちです。若手リーダーである村上会長が全体をまとめ、広報やイベントごとにプロジェクトが組まれ、得意分野に分かれて自律的に活動しています。
 子育て世代は「子どもの育成のため」という共通する目標を掲げやすく、会員間の共感も生まれやすくなります。SNSなどの情報リテラシーも比較的高く、多忙ながらも気力・体力ともに充実しており、会の運営の機動力となっています。
 現在トモツク会には40〜50人ほどのメンバーがいますが、中心的に活動しているのは15人ほどです。プロジェクトごとに参加希望者が自由に関わるスタイルを取っており、LINEで参加表明をして、多数決などで物事を決めています。前田副会長は「誰かが決めたことに嫌々参加するのではなく、自分で考えたことを自分でやるというスタイルが大切」と話しています。自発的な関わりが、活動の持続と活性化を支えています。

  • イベントや活動に子どもたちも参加※
  • イベントや活動に子どもたちも参加
    イベントや活動に子どもたちも参加※

(3)外部の専門家支援の活用

 2023年度に国(中小企業庁)による支援を活用し、2024~2025年度には中小機構の支援により、中小企業アドバイザーが継続的に伴走しています。専門家が外部の視点で助言しながらも、主体性はあくまで地域であり、自主的な行動を促しました。外部からの支援と地域の知恵が結びつき、「外から与えられる」ではなく「内から生まれる」取り組みとして結実したのです。

2024年度から支援を担当する中小企業アドバイザー東さん(左から2番目)の支援の様子
2024年度から支援を担当する中小企業アドバイザー東さん(左から2番目)の支援の様子※
一級建築士の専門的視点から未活用店舗の活用について助言する中小企業アドバイザーの野田さん(右から2番目)の支援の様子
一級建築士の専門的視点から未活用店舗の活用について助言する中小企業アドバイザーの野田さん(右から2番目)の支援の様子※

5.今後目指すこと

 まず、活動の持続性の強化が挙げられます。立ち上げ期は周囲の善意や熱意に支えられますが、それだけでは中・長期的な運営において行き詰まることも予想されます。
 村上会長は、活動資金の確保が今後の課題と話しています。「0円スタート」だったというトモツク会の活動では、地域の協力やイベントの賞金を活用して少しずつ資金を得てきたそうです。そうした工夫や行動力が市の補助金獲得につながり、現在は財源の中心となっています。
 活動の持続性を担保する、安定的な財源をどう得ていくかが、今後の検討事項の1つといえます。

 次に、多様な人の更なる巻き込みです。トモツク会には既にさまざまなバックグラウンドの人が集まっていますが、移住者や学生といった若い世代など、新しい視点やエネルギーを取り入れ続けることも大切です。トモキチを「誰もが歓迎される場」として発信し続けることが、サードプレイスとしての価値を高め、多様な人の参加・参画を促すきっかけになり得ます。先に述べた活動の持続性の強化においても、人材が豊かであることは有効です。
 村上会長は「誰が何をしているか分からない活動や場所には来てもらえない」と語り、地域住民とのコミュニケーションや信頼関係の構築が何よりも大切だと強調しています。

  • 「鬼祭り」などのイベントに積極的にかかわる(鬼祭りの様子)
    「鬼祭り」などのイベントに積極的にかかわる(鬼祭りの様子)※
  • 「鬼祭り」などのイベントに積極的にかかわる(トモツク会で作成した案内マップ)
    「鬼祭り」などのイベントに積極的にかかわる(トモツク会で作成した案内マップ)※

 そして、拠点の波及効果を他の商店街や中心市街地に広げていくことです。トモキチ単独でのにぎわいにとどめず、周辺店舗やエリア全体に広げていくという視点が、まちの活性化には大切です。
 トモツク会にはさまざま業種の商業者のメンバーがいるので、駄菓子屋にとどまらない新たな事業を起こしやすい環境があります。村上会長も、井原市内の商店街の6つのエリアすべてに同様の拠点を作りたいという構想を持っているそうです。イベントとの連携や複数拠点での展開など「広がり」を意識した戦略を持つかどうかが、今後の鍵となると考えられます。

 駄菓子屋トモキチへの来店客数は想定より多めに推移しており、売上も順調だそうです。単なるコミュニティスペースや駄菓子店ではない、地域のシンボルの1つになる日も遠くないと感じます。

 人が集まって賑わい、笑顔が生まれる場所があってこそ、まちは息を吹き返します。トモキチが井原のまちに根づき、中心市街地に賑わいを取り戻す新たな拠点へ育っていくことを、心から期待したいと思います。

 ※印の写真・画像については、関係者の皆さんから使用の許可をいただき掲載しています。