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中心市街地活性化協議会支援センター

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まちづくり事例さまざまな市街地活性化課題解決のヒント
まちづくり事例

多治見の未来を開く複合施設ビルのリノベーション(岐阜県多治見市)

ヒラクビル、リノベーションのきっかけ

多治見市の中心市街地に位置する多治見ながせ商店街は、多治見まちづくり株式会社(以下、多治見まちづくり)が整備したカフェ温土(おんど)がきっかけで、来街者の若返りや周辺個店の意識改善などが見られました。

    

【参考リンク】多治見まちづくりの取組み

    

しかし、多治見ながせ商店街の中ほどに空き地や空き店舗が連続するエリアがあり、商店街の連続性が断たれている状況がありました。

そこで、多治見まちづくりは、このエリアの真ん中にある空き店舗で、かつて多治見ながせ商店街のシンボル的な店舗であった3階建て物件をリノベーションすることにしました。

商店街のシンボルであったこの物件は、リノベーションの過程で、「多治見の未来や訪れる人の可能性が「ひらいて」いくことを願って」ヒラクビルと名づけられます。

多治見まちづくりは、このヒラクビルにどのような意味を持たせ、新たな中心市街地活性化の拠点にしたのでしょうか。そのプロセスを多治見まちづくりの小口氏に伺いました。

ヒラクビル外観
ヒラクビル外観

複合施設ヒラクビル入居テナントの整理

多治見まちづくりがヒラクビル改装に当たり思考したのは、「ヒラクビルの核テナントはどの業種がふさわしいか、どんなテナントであれば事業として成立するか」ということでした。様々な選択肢の中から導き出したのが本屋でした。

本屋を選んだ一番の理由は、商店街に本屋があればいろんな可能性を広げることができるのではないかと考えたことでした。多治見まちづくりは、楽しい本屋があれば楽しいまちになると考えていました。

よって、核テナントとなる本屋は、いわゆる週刊誌などの雑誌や流行を追った本を中心に販売するものではなく、この地域を担う子供や地域の人々に、読んで欲しい本を本屋が仕入れ、棚に並べることをモットーに独自の品ぞろえをし、地域のならではの発信を行う店にしたいという思いがあります。この地域ならではの面白いものがあるということ。これが、核テナントのコンセプトとなりました。

その他の理由として、本屋があることで1日の来街者数が増え、また、自由に本を読める環境を作ることで街での滞在時間を延ばすことができると考えたことも上げられます。

東文堂本店の店内
東文堂本店の店内(東文堂本店フェイスブックより)

その準備の一環で、多治見まちづくりは、中小機構のアドバイザー派遣制度や、経済産業省の中心市街地活性化専門人材制度を活用し、まちづくり専門家と協力して顧客ニーズ調査、商圏調査、市内の本屋の営業分析(品揃え、営業時間)などの定量的分析も行い、核テナントに本屋を採用することを決定しました。

核テナントを本屋と決めた多治見まちづくりは、上記テナントコンセプトを叶える本屋を探し、白羽の矢を立てたのが多治見市に書店を構え100年を超える老舗の東文堂本店です。

東文堂本店は、1万点に及ぶ児童書を紹介する児童図書展示イベントの定期開催や、美濃焼が伝統産業である多治見ならではの陶芸・陶器に関するものなど、教育や芸術に関する書籍を揃えています。

これらの取組みから、東文堂本店と多治見まちづくりが協力して、多治見まちづくりが目指す理想の本屋を作り上げられるのではないかと考えたのです。多治見まちづくりは、東文堂本店の経営者と、まちなかの本屋だからことできることを何度も語り合い、ヒラクビル入居につなげました。そして東文堂本店として新たなコンセプトである「ひらく本屋」としてオープンします。

核テナントを決定した多治見まちづくりは、本屋に併設するテナントの検討に移りました。まちづくり専門家とまちづくり勉強会を開催し、本屋と親和性が高い業種を思考しました。

その結果、本と共に「豊かな時間」を過ごしてもらうために、カフェの設置、本からの「学び」を活かす、シェアオフィスやレンタルスペースの設置を決めました。

ヒラクビルオープン前の広報戦略

イベント開催による周知

核テナントを決めた多治見まちづくりが、リノベーションの下準備とともに取り組んだのが、ヒラクビルの周知策です。特徴的な取組みとして挙げられるのが、「YONDAY(ヨンデー)BOOKピクニック(以下、YONDAY)」という本にまつわるソフトイベントの開催です。

青空の下、読書を楽しむ参加者
青空の下、読書を楽しむ参加者(YONDAYホームページより)

YONDAYは、「まちに特徴的な本屋をオープンするなら、本好きな市民を増やしたい!」という思いが詰められたものになりました。ヒラクビルのオープンは2019年3月ですが、YONDAYは、2018年3月から月に一度のペースで開催され、ヒラクビルオープン後の現在も続いています。

イベントの内容ですが、青空本屋では、併設された出張カフェが提供する飲食と共にゆったり読書を楽しむことが出来ます。また、青空本屋に置かれる図書については、まちの人が選書したものもあり、コミュニティの醸成のきっかけとなっています。

※出張カフェはカフェ温土をはじめ、まちの飲食店が出店している。

YONDAY BOOX
まちの人が選書した本が詰められたYONDAY BOOX(ヨンデーボックス)(YONDAYフェイスブックより)
会話に花を咲かせる参加者たち
YONDAY BOOXの前で会話に花を咲かせる参加者たち(YONDAYホームページより)

また、子供から大人まで楽しめる紙芝居や、テーマ選定のもと行われる読書会など多様な参加型の企画を展開しています。

紙芝居
紙芝居の様子(YONDAYホームページより)

さらに、本に出てくる料理を再現し提供する「物語を食べよう」は、本に出てくる世界を実体験できるとあり、毎回好評の企画です。なお、再現される飲食物はカフェ温土やまちの飲食店が協力しています。

カレーを再現
木皿泉著、「昨夜のカレー、明日のパン」の作中に出てくるカレーを再現(YONDAYフェイスブックより)
「物語を食べよう」アルコールの提供もある
「物語を食べよう」企画にはアルコールの提供もある(YONDAYフェイスブックより)

【参考:まちなか情報誌A2(あっつう)】
多治見まちづくりスタッフが中心となり発行している多治見まちなか情報誌A2(あっつう)は、地域の様々な人々の活動を中心として、イベントやグルメ情報などを発信している。
ヒラクビルの開業の1年前から発刊を始めており、ビルができる期待感を醸成することや、編集委員が本当に市民に勧めたいことやものを自ら取材し、記事にしている。この店のこのメニューをこんな食べ方で楽しんで欲しいなど、まちを知る人ならではの情報にあふれている。

地域情報誌A2
地域情報誌A2
市民が参画するヒラクビルのリノベーション

次に多治見まちづくりは、ヒラクビルの内装を近隣住民と手がけることで、親しみを持っていただく試みを展開しました。

例えば、ヒラクビルの本屋に使用する本棚の装飾には、多治見産のタイルが使われています。このタイルは、多治見まちづくりの活動に共感した地元タイル業者から無償提供を受けたものです。

このタイルを用い、YONDAYの企画として、本棚にタイルを貼るワークショップを展開しました。様々な模様や形のタイルを本棚に貼り付けるなど親子で楽しんでいただくことで、ヒラクビルオープンの期待感を高めました。

タイル装飾のワークショップ(左)とタイルで装飾された本棚(右)
タイル装飾のワークショップ(左)とタイルで装飾された本棚(右)

また、市民と協働して行うヒラクビル内装においてはYONDAYやフェイスブックなどで内装の手伝いを呼びかけました。市民から参加があったのは、YONDAYをきっかけとしたコミュニティが醸成されていたことも大きいといえます。

内装工事の一幕
内装工事の一幕

これらが要因となり、オープンまでの間、工事現場の様子を外から覗く家族連れが多くなりました。この様な取組みが、今のヒラクビル集客の基礎となりました。商店街で工事が起こり続けているという状況は、まちへの関心を高めることにつながっています。

オープン後のヒラクビルの様子

このような経緯を経て、2019年3月に本屋を核とした複合施設としてオープンしたヒラクビルですが、オープン後3ヶ月の集客は順調といえます。本を起点として、カフェやシェアオフィス・レンタルスペースが相乗効果を発揮しているのです。

東文堂の書籍を持ち込める多治見まちづくり直営の「喫茶わに」は、女性や地元高校生、ビジネスパーソンを中心に利用されています。ドリンクを片手にゆっくり本を楽しめる空間、集中して学習・仕事ができる空間として親しまれています。

喫茶わにの様子
喫茶わにの様子(多治見まちづくり提供)

喫茶店の店名「わに」には、本を介してヒラクビルに訪れた人が「輪に」になる思いが込められている。真ん中の丸いテーブルはもともとのメガネ店のメガネの展示に使われていた台。このテーブルにお客さんがぐるっと座ると「輪に」なる。

     

同じく、多治見まちづくり直営のシェアオフィスならびにレンタルスペースも盛況です。シェアオフィスは全て借り手がついており、それでもなお、問い合わせがあることから、シェアオフィスを新たに開設することを検討しています。シェアオフィス事業は、まち会社の新たな事業となりそうです。

2019年8月現在、シェアオフィスには、一級建築士、デザイナー、グラフィックデザイナー、カメラマン、オーガニック食品やアパレル商品輸入販売者などが入居している。

また、レンタルスペースは、調理設備なども整っており、主婦層を中心としたワークショップが盛んに行われています。

ワークショップの様子
ワークショップの様子(多治見まちづくり提供)

シェアオフィスに入居した事業者や、レンタルスペースを借りる主婦層は、ヒラクビルの利用と同時に、飲食店など商店街内の店舗も利用するなどの波及効果が見られるようになりました。ヒラクビルが商店街の集客装置として機能しているのです。特に、土日の商店街の来街者が増加しており、広域からの集客やこれまでにあまり見なかった若者の集客につながっています。

    

(参考URL)ヒラクビルホームページ 別ウィンドウで開きます

まとめ(まちの変化)

ヒラクビルのオープン前後に、ヒラクビル整備の期待から周辺の空き店舗に出展する動きが見られました。また、ヒラクビルオープンを機にまちを訪れる層も少なからず存在し、そういった層が、今まで見逃してきた商店街の魅力に気づき、再来街に繋がっているといいます。

新たに商店街に出店した店舗の一部
新たに商店街に出店した店舗の一部

ヒラクビルのリノベーションがまちにポジティブな変化を与えたと言えます。これは、多治見まちづくりのスタッフをはじめとするまちづくりプレイヤーが、明るく前向きにまちのために活動してきた成果といえます。

着実にまちに変化を与える多治見まちづくりの動きに今後も注目です。