地方小都市の商店街に人を呼び戻す仕組みづくり
~市民と株式会社油津応援団の挑戦~
ポイント
- 地方小都市におけるテナントリーシング
- 縮小社会におけるまちづくり
- 社会関係資本(ソーシャルキャピタル)の構築による「まちづくり」の推進
- 場所:
- 宮崎県日南市 あぶらつ食堂と中庭
- 人口:
- 約5.4万人
- 分類:
- 【空き店舗・空きビル】【商業施設】【交流施設】
- 協議会:
- あり
- 実施主体:
- 株式会社油津応援団
1.まちの現状
日南市中心市街地の油津商店街は百貨店、総合スーパー、食品スーパーと3つの商店街が立地する商業集積地ですが、商店街では空店舗や未利用地の増加、歩行者通行量や小売販売額の減少等の衰退傾向が顕著になっています。これに対応すべく、日南市中心市街地活性化協議会を組織して、平成24年に日南市中心市街地活性化基本計画の内閣認定を受け、官民一体で中心市街地活性化に取組んでいます。
2.事業主体
株式会社油津応援団(以下、「油津応援団」)は、飲食業等を国内外で幅広く展開する村岡浩司代表取締役、一昨年まで日南商工会議所事務局長を務めた黒田泰裕取締役、そして日南市テナントミックスサポートマネージャー(以下、「TSM」)として迎えられた木藤亮太取締役の3名が1人30万円ずつ出資して平成26年3月に設立した純民間のまちづくり会社です。日南市油津地区の再生をミッションにして現在、上記の設立メンバーに建築設計事務所、JA、会計事務所の勤務経験がある3名が加わり、各々の専門分野を活かしたアドバイザーとして、商店街及び市民のサポーターとして、そして実践者(当事者)として日夜、奔走しています。共感する市民有志からの出資も増え現在、資本金は900万円(平成27年12月現在)に達しており、目標の1,400万円に届くのもそう遠くはないと思われます。
3.事業経緯・内容
「多世代交流モール整備事業」は日南市中心市街地活性化基本計画のリーディング事業の一つとして平成27年11月にオープンしました。油津商店街の一角にある大規模空きビルと対面にある空地を油津応援団が賃借し、空ビルは一部を解体撤去の上、「飲む・遊ぶ・学ぶ・食べる」拠点として「スクール」「スタジオ」「フリースペース」「情報発信ブース」「油津カープ館(キャンプで訪れる広島東洋カープの公認ショップ)」「あぶらつ食堂(6店舗)」を、空地には「くつろぐ」をテーマに6店舗の物販・サービス系が入居する「アブラツガーデン」を整備しました。事業費は経済産業省と日南市の補助金、油津応援団の銀行借入で調達しました。
「スクール」「スタジオ」「フリースペース」「情報発信ブース」「油津カープ館」を総称した「油津Yotten(よってん)」は日南市より油津応援団が受託して、子育て支援、市民活動(貸会議室)、各種講座等の管理運営を行っています。「油津Yotten」と中庭を挟んで、日南市の特産品である飫肥(おび)杉を使った約30mのカウンターが6つの飲食店を貫く「あぶらつ食堂」があります。「炭火焼鳥」「中華バル」「洋食」「和風創作料理」「ホルモン焼」「焼酎バー」が出店し、経営者の殆どが新規創業者で30代、かつ日南市に何がしかの縁があります。アルコール類に関しては価格を統一していますが、店舗間でのデリバリーや「油津Yotten」での飲食及び商店街から購入しての持ち込みも可能で、来店客や利用者にとっては使い勝手が良い仕組みになっています。「アブラツガーデン」は「プリン専門店」「子供服・雑貨店」「手作りパン店」「スィーツ店」の物販系4店舗と「ネイルアート」「リラクゼーションサロン」のサービス系2店舗がカラフルなコンテナに入居し遊び心を演出しています。出店者は新規出店者、リプレイス、2店舗目の展開など様々ですが、やはり若い人が中心になっています。出店者はテナント会を組織しており、今後、油津応援団や商店街等との協働が期待されるところです。
地方小都市のテナントリーシングは困難さを極めますが、油津応援団は本格的にリーシング活動を始めてから僅か半年間でテナントを揃え、オープンに間に合わせました。
飲食店で働きながら、いつかは自分の店を持ちたいと考えるモチベーションの高い人を、油津応援団が構築してきたネットワークが紹介してくれたため、比較的早い段階で出店候補者に話を持って行くことが出来ました。
次に、出店意欲がありながらも資金不足という課題に対して、黒田さんが事業計画書の策定を支援した結果、銀行借入れを希望した全員が無保証で融資を受けられることになりました。
そして、油津商店街は話題性があり今後、益々良くなっていくまちづくりのビジョンを説明し、出店者が自身の「夢」をそれに重ね合わせることが出来たのが、リーシングの困難さを克服した要因となっています。
4.取組みの効果
オープン間もないにもかかわらず、既に常連客を獲得しつつある店舗もあります。また、これまでの油津商店街にはなかったスィーツ店にはお客さんが絶え間なく来店し、お目当ての商品を買い求めています。「油津Yotten」で子どもの英会話発表会が行われた際、子育て世代が多く集まり、賑やかな笑い声が溢れていました。
土日曜日には宮崎市内等の広範囲からの来街、来店者も目立っています。「多世代交流モール事業」は様々な目的の人を集めて「小さな賑わいの焦点」を創り出すことに成功したと言えます。
これらの光景を目の当たりした黒田さんは、「みんな、このような場所を求めていたのだ。」と改めて感じ、「市民の暮らしやすいまちづくりをしていかなければならない。」と決意を新たにしました。効果は施設だけに留まっていません。数軒先の空き店舗には、全国的にも有名な手羽先のお店が宮崎市内から出店しました。商店街の一角に東京のIT企業がサテライトオフィスを構える計画も進行しています。木藤TSMは、商店街の年配経営者が法被を着てオープニングセレモニーに参加した、今までにない光景を例に挙げ、「皆で若い人を盛り上げようという機運が出て来た。」と商店街関係者の意識改革を実感しています。
5.今後の課題
「出店者はリスクを背負っており、人生を賭けているので失敗させる訳にはいかない。」と、自分に言い聞かせるように語る黒田さんには強い責任感が表れています。
個店の経営課題に関して、日南商工会議所時代の豊富な経験と中小企業診断士でもある黒田さんがきめ細かく指導を行うことになっています。また、経営面だけではなくルール遵守と、これまでのソフト事業でも実践してきた「連帯と競争」により施設の魅力維持のためのマネジメントも徹底していきます。
一方、商店街振興組合側の課題としては、アーケードの老朽化等による過大な負担を軽減して、新規出店者に加入してもらえるよう条件整備が求められています。
中心市街地活性化の視点では、日南市に引き込んだ来街者を、地域と連携してまちなかや個店へと人の流れをつくること、回遊させることが求められています。
更に黒田さんは、日南市に限らず地方都市に共通し、これからも不断に実践していく課題として、人口減少社会との戦いでもある中心市街地活性化は街をコンパクトにするだけではなく、縮小する消費サイズに合わせてお店もコンパクトにすること、そしてコンパクトなお店では人と人との結び付きを活かして商売をすることが必要であり、「コンパクトとネットワーク」が鍵になると指摘しています。
6.関係者の声・まちの声
「あぶらつ食堂」に出店した「BARスタイル洋食&T」の平剛典さんは、「地元が油津で、自分が育った街なので出店した。日南市でも他所なら出店していない。」と地元への愛着と、「年配の世代を街に引き出したい。行く場所、居心地の良い場所が無いから出ないと考えている。」とお店づくりの抱負を述べました。
同じく「和食ダイニング魚匠和さび」の黒木友和さんは、高級ホテルの中にある飲食店を辞して出店しました。「出来るだけ日南産の食材を使うよう心掛けている。」と地産地消の推進を図ると共に、「常連客も付きつつあるので、もっと増やしていきたい。」と手応えを感じています。
「アブラツガーデン」の「手づくりパン工房ふわり」は2号店になります。店主の末海裕二さんは、「油津商店街には子供の頃に来ていた。黒田さんや木藤TSMの活動をみて、そこに行政も協力しているので、自分も力になりたいと考えて出店した。誰かが(活性化を)しなければならないと考えている。」と商売を通してまちづくりに貢献する気概を示しました。新たに2名のスタッフを配置して雇用の創出にも繋がっています。
「イーナプリン」を出店した森山忍さんも2号店で、宮崎市内の既存店は広範囲に知られる人気店です。木藤TSMが就任して早々に宮崎市内のお店に来店したのがきっかけになりました。日南市への出店に周囲は反対しましたが、「自分で出来ることがあれば(協力したい)。」と決断しました。「自分が店を出すことによって、日南の良さを知ってもらうきっかけになればと考えている。地元の人が良さに気付いて、感じて、日南を盛り上げていくようにしたい。」と出店の意義を語ります。また、「商店街の人たちが気に掛けてくれている」「色んな人に相談が出来、宮崎市内よりも(付き合いが)濃い。人との繋がりを強く感じる。」と地域コミュニティへ温かく迎え入れられた心地良さも感じています。
商店街振興組合の吉川弘範理事長は、「油津Yottenはこれまでも空き店舗を活用して運営してきた。計画通りに子ども、親子連れ、高齢者の三世代を集客できている。」と活動を振り返り、「油津応援団は商店街をサポートしてくれている。既存組織と新規出店者が新たな組織運営をしていけるよう“油津モデル”が出来れば良い。」と油津応援団への期待と共に次なる展開を模索してします。
7.取材を終えて
地方小都市、日南市油津の商店街へ日常的に人を呼び戻した「多世代交流モール事業」は、テナントリーシングの成功が大きな要因として挙げられ、その鍵は事業や活動に市民や関係者の巻き込みを意識したまちづくりの推進にあります。
黒田さんが日南商工会議所時代に手掛けた多くのソフト事業は何れも市民を巻き込み、儲かる仕組みにより継続性を有しています。また、木藤TSMは「報告書に載らないまちづくり」に悪戦苦闘しながらも、若手と協働して地域コミュニティに溶け込んでいます。油津応援団としての最初の大きな事業「ABURATSU COFFEE」の再生でも、閉店した喫茶店の掃除や一部の内装工事に小中学生が参加する場づくりをしました。また、隣接する呉服店跡に既存豆腐店をリプレイスして製販食一体型の店舗をプロデュースした事業でも、地元の高校教諭(栄養士)の協力を仰いでメニュー開発を行いました。全てに共通しているのは事業や活動に市民や関係者の巻き込みを意識して、まちづくりを推進してきたことです。つまり、「社会関係資本(ソーシャルキャピタル)」の構築による「まちづくり」の推進により、周囲が応援する、地域の皆で支える「応援の連鎖」を創り上げたことが成功の鍵となっているのです。ソーシャルキャピタルとは人々の協調・協働活動等が活性化することで関係者間の信頼関係やネットワークの構築が進み、その結果として社会の効率化や経済活力の向上にも寄与するという概念です。
市民と油津応援団の挑戦は、今後もソーシャルキャピタルが生み出す「応援の連鎖」によって持続・発展していくことが期待されます。
8.まちの概要
(1)規模・人口・歴史
日南市は日向灘に面した宮崎県南部に位置し、人口約5.4万人を擁する県南の拠点都市です。温暖多照な気候に恵まれ、古くから林業(飫肥杉)や漁業(油津港)等の産業で栄えてきた一方で、大手製紙会社が立地する企業城下町の側面も有しています。
(2)交通など
日南市中心市街地に位置するJR油津駅は宮崎市内から日南線で約1時間30分の距離にあります。油津駅前バスセンターを拠点に5つの路線が市内外を結んでいますが、自家用車での移動が中心になっています。
(3)まちの特色
日南市には九州の小京都と称される城下町の飫肥、日向灘に突き出した鵜戸神宮、風光明媚な日南海岸、サーフィンスポットとして有名な梅ヶ浜等の観光地の他、自然や農林水産物等の地域資源も豊富です。油津地区にある堀川運河は水運を利用して木材を運搬した往時を偲ばせます。
取材:平成28年1月