商店街の連続性・多様性を守る(山口県山口市)
~新陳代謝が進むまちなかで商業機能を維持する取組~
山口県山口市の中心市街地は、複数の商店街と百貨店が立地する商業の集積地です。第3期の中心市街地活性化基本計画では、「まちを、楽しむ。」をテーマに、商業活性化や賑わい創出、安全安心なまちへの再生に取り組んでいます。
近年、商店街のアーケード沿いでは、老朽化した建物や廃業後の店舗跡地が解体されてマンションや駐車場に転換される等、商業集積を図る商店街にそぐわない開発や土地利用がなされるケースが散見されていました。
そこで、同市では地区計画を策定して建築物の用途制限を定めるほか、マンションでもアーケード維持の賦課金を担う等、商店街としての連続性・多様性を守る各種取組を進めています。
山口市中心市街地活性化協議会と株式会社街づくり山口を取材し、同市の中心市街地活性化と商業機能の維持・発展に向けた取組についてお話を伺いました。
(株式会社街づくり山口) 専務取締役 塩見 和夫氏
(中心市街地活性化協議会) タウンマネージャー 青木 敬介氏
事務局 重本 彰信氏
(米屋町振興会 米屋町商店会) 河村 徳久氏
<目次>
- 1.中心市街地の課題
- 2.商店街の連続性維持に向けて(マンション1階部分の店舗化交渉)
- 3.アーケード内建築ルールから地区計画条例化まで
- 4.実現へのポイント
- 5.まちづくり会社の取組とまちなかの変化
- 6.取材を終えて
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1.中心市街地の課題
山口市は人口191,181人(令和5年9月1日現在)、山口県の中央部に位置する県庁所在都市です。中心市街地の発展は、1360年頃守護大名の大内弘世が居館を山口に移して京都に模したまちづくりを行ったことに始まります。室町時代には「西の京」として栄えました。江戸時代は門前町、宿場町として発展し、幕末には維新の志士が集う明治維新の重要な舞台にもなりました。国内初の常設教会が置かれ、初めてクリスマスの祝祭が行われた、日本のクリスマス発祥の地としても知られています。
<中心市街地について>
昔のたたずまいが残る中心市街地には、7つの商店街(中心商店街)や市内唯一の百貨店が並び、金融機関や行政をはじめとした事業所等が立地。歴史的・文化的資源や景観資源と商業集積等の都市機能等が共存しています。
商店街を中心とした中心市街地は、県央の基幹的な商業機能としての役割に加え、まちなかでの滞在や交流の場としての役割を担っています。
2.商店街の連続性維持に向けて(マンション1階部分の店舗化交渉)
中心商店街では、後継者不在等による廃業後売却された土地において商業集積を図る商店街にそぐわない再開発が進んでいることが問題となっていました。特にアーケードに面した住宅(マンション)建築や駐車場整備などの土地利用は、商店街としての連続性・多様性の喪失に繋がります。商業エリアの縮小、魅力や求心力の低下が危惧されるようになっていました。
そのような中、百貨店が立地する米屋町商店街で、アーケード沿いにマンションが建設される計画が持ち上がりました。米屋町商店街は店舗数33(取材時)、約135メートルの商店街です。当初、通常のマンションが建設されるところでしたが、商店街振興会が商店街関係者の意見を集約して、マンション開発業者への度重なる交渉の末、1階部分を店舗とすることができました。
さらに米屋町振興会が出資して特別目的会社(SPC)の「こめかつ」を設立、MINTO機構からの出資や市の補助制度を活用し、1階店舗部分を取得しました。そして街づくり山口がこめかつから借り受けてサブリースしています。行政等からの支援もあり、米屋町振興会がリスクを取って主体的に動き、中心市街地活性化協議会等の関係団体がサポートしました。テナントも決定して開店を待つ状態となっています(取材時)。
一方で、今後同様のケースが生じた場合の懸念もありました。今回のように1階部分を店舗とすることができるとは限らず、そうした状況を危ぶんだ商店街を中心に声が上がりました。そこで、中心市街地活性化協議会事務局が取り纏め、2022年に「アーケード内建築ルール検討会」(以下、検討会)が発足しました。
3.アーケード内建築ルールから地区計画条例化まで
検討会立ち上げから条例化までの大まかな流れは、以下の通りです。
Step1:「アーケード内建築ルール検討会」を立ち上げ、ルール案検討。
Step2:アーケード沿いの4商店街の総意でルール(紳士協定)を策定し、地域の総意を得る。
Step3:行政が建築確認申請の段階で規制をかける地区計画を条例化。同時に店舗改装や家賃補助に活用できる補助制度で出店支援。
①「アーケード内建築ルール検討会」での検討から
検討会には、主にアーケード沿いの4商店街と商工会議所(中心市街地活性化協議会事務局)、街づくり山口が参加しました。アーケードへの来街者が賑わいを感じ、歩きたくなる通りとなるよう、商店街の事業者で建築ルールを検討。建築物の1階部分は店舗や飲食店などの施設とするなど、建て替える際に配慮するべき内容をルールとしてまとめました。地元主導で建築ルールが出来上がりましたが、あくまでも紳士協定であり、法的な拘束力はありませんでした。
そこで、ルールの中で強制力を持たせたい内容について地区計画とする要望を行政へ提出するため、地域内での合意形成を進めることになりました。
②地域における合意形成プロセス
地域の総意を得るため、作成したルールと地区計画素案について、商店街の事業者や地権者にヒアリングやアンケートを実施しました。アンケートを実施したところ単純な賛成が約8割で、残りは質問や意見等でしたが明確な反対はありませんでした。さらに商店街の会合等の機会を通じて内容及び必要性について説明した結果、最終的には概ね100%の方から賛同を得られました。
商店街における店舗の連続性維持は同エリアの活性化にとって重要であることが地元の総意として確認でき、中心市街地活性化協議会から市へ地区計画の制定要望を提出しました。
③条例化(建築物の用途制限)と補助制度による出店支援
これに呼応する形で、議会で「山口市地区計画の区域内における建築物の制限に関する条例」を改正し、建築物の用途制限が定められました。
なお、条例化の際には、市からアンケートと全体説明を数回実施しましたが、反対意見等が上がることもなく、無事条例化されました。これでアーケードに面するエリアでは、1階部分に店舗・事務所を設けることなしに、住居、倉庫業を営む倉庫、自動車車庫などの建築物を建設できないことが条例として定められました。同時に、規制するだけではなく、商店街への新規出店を促すため、「あきないのまち支援事業補助制度」として、店舗改修補助や家賃補助の支援も行っています。
4.実現へのポイント
①合意形成における中心市街地活性化協議会の存在
建築ルール案の策定や、行政へ地区計画制定の要望を提出する際の住民総意など、合意形成を図る各プロセスで協議会の調整力が発揮されました。様々な利害関係者の間を取り持ち、取り纏めを行った中心市街地活性化協議会の存在は非常に重要だといえます。
②中活計画との整合、行政との関係
同市の中心市街地は商業面が強く、商店街の活力向上が中活計画に定められていたことも、条例化の後押しになりました。行政としても商店街の連続性が重要であるという認識のもと、様々な支援があったこともポイントです。
③各商店街間の情報共有と風通しの良さ
中心商店街の「中市商店街」「米屋町商店街」「道場門前商店街」の事務局と商店街連合会事務局の4者が集まって月1回の会議が開催されています。そこでは各商店街独自イベントの情報や街づくり山口からの出店者情報(後述)が共有されます。そのほか、連合会の役員会、3商店街の理事長の会議が年に数回開催されます。
商工会議所担当者が、中心市街地活性化協議会の事務局と3商店街連合会組織の事務局も担っているため、中心商店街の中の情報の流れがスムーズです。そうした下地と商店街間の風通しの良さが、合意形成の際にもプラスに働きました。
④過去の失敗事例からの動き
条例化までの動きは米屋町周辺のマンションがきっかけではありましたが、以前他の商店街でマンションが建設された際、1階を店舗化できないか交渉したところ叶わなかった事例がありました。その反省を踏まえての動きだったこと、商店街関係者間の危機感があったことも、積極的な動きにつながったといえます。
なお、アーケードに面した商店街いずれも、マンションからアーケード維持の賦課金を徴収しています。商店街ごとに賦課金徴収ルールは異なりますが、各商店街の組合がマンション建設時にルールを説明のうえ理解を得ており、賦課金は管理組合を通して支払われています。
建築も規制できるようになり、店舗も動き始める良い事例となりました。今後このスキームをもとに各商店街で対応していくことになります。
中心市街地は文教地区として人気のあるエリアであり、近年マンション建設に伴いまちなかの居住人口も増加しています。まちに開かれた1階部分が店舗であれば、居住と商業活性化の両方が実現されることになり、エリアの活性化に繋がります。今回の建築ルールが中心市街地に寄与する影響は非常に大きいといえます。
5.まちづくり会社の取組とまちなかの変化
まちなかに人を惹きつけるため、街づくり山口では遊休不動産・店舗対策事業や賑わい創出事業、情報発信事業等、さまざまな取組を精力的に行っています。一過性のイベントは行わず、商店街の賑わい創出につなげるための黒子として活躍しています。特に近年では空き店舗情報窓口のワンストップ化、まち中で活動したい人のサポートや情報発信に力を入れています。
●まちなか開業サポートセンター/窓口のワンストップ化を徹底
まちなかの遊休不動産情報を集約し、問い合わせ窓口を同社に一本化しています。商工会議所との連携により、そこから派生する補助金相談にも対応。タウンマネージャーの青木氏が窓口として、出店希望者の対応や物件オーナーとの関係強化を図っています。出店希望者は一度に複数の店舗を内覧することができ、補助金申請についても相談できるので、出店までの各種手続き・煩雑さが軽減されています。認知度も高まっており、昨年度は47件の問い合わせがあったということです。
●コトサイト
「コトサイト」は山口井筒屋2階にある地域の魅力発信・交流スペースで、名前の由来は、いにしえのみやこ「古都」、にしのみやこ「西都」を合わせたものです。人工芝の広場やウッドデッキ、地場産品や関連商品の販売コーナーが設けられており、幅広い世代の方が利用できるスペースです。それまで商店街の中には小さい子供連れのお母さんが休憩できるスペースがなく、安心して子供を遊ばせることができるため、非常に喜ばれています。
コトサイトでは商品展示やイベント利用も可能です。イベントの企画から運営はイベント主催者が行い、街づくり山口がチラシの作成等を支援します。
●情報発信事業
ターゲット層に合わせて情報発信の切り口を変え、従来の商店街マップを見直しました。例えばスイーツ店を集めた「甘マップ」、美容関係のお店を集めた「美MAP」、ファッションや小物のお店を集めた「磨MAP」など。新しい魅力の訴求になっています。
最近ではPR動画の作成を始めています。店舗PR用動画としてロングとショートの動画を2本製作で店舗負担は1万円(街づくり山口が一部負担)と破格の価格ですが、店舗のPRにもなるため、賑わい創出事業として今後注力していく計画です。動画制作は山口コアカレッジ※の卒業生が請け負っています。編集は在学生も手伝っており実践にもなるので、店舗・学生の両者から喜ばれています。
※山口市が土地と建物を提供し、民間の情報関連企業である株式会社コアが設備と教員を提供して学校運営し、相互に支援・協力して平成元年に開校した「公設民営」の専門学校です。
<コロナ禍でもまちなかに人が増加/変化のきざし>
同市ではコロナ禍でもまちなかの通行量が増加しました。福岡や広島といった巨大都市に隣接する同市の商圏の特殊性に由来しますが、コロナ禍で県外に出られなくなったことがきっかけで、他県に流れていた消費が市内で増えたためです。商圏の特性がプラスに働きました。また、それまで市内に出店してこなかった大手チェーンの店舗が開店する等、マーケットとして見直されています。
まちなかの人出が増えたことで自然と店舗も増えて多様性は守られています。「店舗は入れ替わりつつもキープできている。みなさん商店街に来てくれているので、今取り組んでいることを着実に実施していく。今後は住みやすいまちづくりも進めていきたい」と青木タウンマネージャーは今後の展望を述べました。
6.取材を終えて
アーケード沿いの店舗が閉店した跡地にマンションが建ち始め、関係者が危機感を覚えたのは約10年前でした。具体的な動きは米屋町のマンション建設計画以降、そこから勉強会等を始めて今回の条例化までごく短期間の動きだったそうです。
「1階店舗の購入を進めながら制度を作っていったので、ベストな制度になったのかという不安もある一方、まずはスタートできて良かったという想いが強い」と、塩見氏は振り返りました。今回のケースは、まちの関係者の危機感から始まった取組について、意見を集約して具体的な動きを支援し条例化までこぎつけた、中心市街地活性化協議会が果たした好事例といえます。
山口井筒屋の2階スペースでは、様々なイベントや企画が行われています。同市が進める「アートでつなぐまちの活性化事業」の一環として開催された、自由に遊べる「コロガル公園」では、子ども達が楽しそうに遊んでいる風景が見られました。
建物の新陳代謝が進む中、マンション1階部分を店舗とすることで商店街の連続性は維持され、入居するテナントにより新たな顧客層が獲得できます。また新しい住人となるマンション居住者と商店街の接点が増加することで、まちなかの活気も維持されます。まちに集まった人、まちに居住する人が、より居心地良く過ごせるように、まちづくり会社を中心とした中活の取組との相乗効果が上がっています。これからも同市の取組が楽しみです。