
アートの力で地域づくり NPO法人クロスメディアしまだの取り組み(静岡県島田市)
島田市(人口約9万4千人)は、静岡県の中央部に位置しています。令和2年4月から令和7年3月まで、認定中心市街地活性化基本計画に取り組んできました。
市域は南北に流れる大井川を挟んで、東岸が旧島田市、西岸が旧金谷町であり、東西にJR東海道本線が走り、金谷駅から大井川鐡道が北に分かれています。
NPO法人クロスメディアしまだは、情報・教育・芸術文化を通したクリエイティブな視点から、島田市の地域づくりを実践しています。彼らの活動のひとつが、「UNMANNED無人駅の芸術祭/大井川(以下「無人駅の芸術祭」という)」です。
今回は、「無人駅の芸術祭」を主催するNPO法人クロスメディアしまだの理事長、兒玉絵美さんにお話を伺いました。


「人が元気なまちづくりに寄与すること」を目的に、2011年NPO法人クロスメディアしまだは設立されました。地域振興・コミュニティ支援を事業として「アートによる地域づくり」、「地域情報誌発行事業」及び「子ども向け社会教育事業」などを行っています。
島田市中心市街地活性化協議会の構成員でもあります。
目次
1.無人駅の芸術祭の概要
(1)アーティスト・イン・レジデンス
「アートによる地域づくり」の一環として2018年度に始まった「無人駅の芸術祭」は、2024年度に7回目を迎えました。
2021年に「日本ふるさとイベント大賞ふるさとキラリ賞」を受賞、2022年から3年連続でWeb版美術手帖の「注目の国際芸術祭6選」に選出されるなど、注目を集めています。
彼らが目指すのは、アートを手段としたまちの新たな価値の発見です。アーティストたちの予測不可能な視点によって掘り起こされ、可視化された「新たな価値」が、地域に対する誇りと、地域の課題を自分ゴトとしてとらえる心をはぐくんでいます。
アーティスト・イン・レジデンス(アーティストが地域に一定期間滞在して作品制作を行う)を主とした年間を通したプロジェクトで、成果発表展を農業閑散期である年度末に行っています。直近では2025年2月15日から3月16日までの30日間開催しました。19組の国内外のアーティストによる30作品が、大井川鐡道の5つの無人駅を含む大井川エリア、島田駅周辺エリア等5つのエリアで展開しました。7つの関連イベントも行われ、ガイドツアーや記念講演、アート周遊バスなども運行しました。
成果発表展における来場者数は、2023年度は約45,000人、2022年度は29,620人とのことです。

(2)なぜ「アート」なのか
「アートには、既存の価値をひっくり返したり、普通では見えない価値に気づけたり、予測不能な新たな視点を示すチカラがあると思います」と理事長の兒玉さんは言います。
兒玉さんがそのことに気づいたのは、2012年に訪れた「大地の芸術祭」でのことでした。新潟県の越後妻有地域で開催される世界最大級の国際芸術祭で兒玉さんが目にしたのは、夏の炎天下で除雪車が『ロミオとジュリエット』を踊る作品「スノーワーカーズ・バレエ」(アメリカ:ミエレル・レーダーマン・ユケレス作品)でした。
雪国の英雄「除雪車」を夏もヒーローに、のテーマのもと、熟練の除雪作業員が巧みに操作する除雪車は、本物のバレエダンサーのように見えたそうです。
「みんなが寝静まった後、寒い真夜中に作業をする除雪作業員さんたちの仕事は、まさに縁の下の力もち。彼らが除雪をしてくれるからこそ、豪雪地帯でも日々の生活が守られる。彼らこそ『まちのヒーロー』と感じました。」
「アートがそれまで気づかなかった視点で『新たな価値』を示してくれたことで、地域の名もない人や営みが『まちのヒーロー』のように輝き始めた。あの経験から、地域づくりの手法としてのアートの可能性を感じ始めました。」
2.無人駅の芸術祭の財源
先に挙げた「大地の芸術祭」 は、来場者数は約54万人、経済効果は約65億円と言われ、アートによるまちづくり・地域活性化の先駆者として大きく注目されています。 一方で、多くの芸術祭では公的な交付金・補助金、企業の文化助成金、法人・個人の寄付、クラウドファンディング等に頼ることが多いようです。 地域振興基金を取り崩して運営資金としていた例もあります。
(1)地域課題を解決する公的助成や補助金の活用
「無人駅の芸術祭」も、公的補助金等を中心に財源を確保しています。
NPO法人クロスメディアしまだ全体の収入は、令和5年度は約4,000万円、うち芸術祭関連は2,000万円超でした。
令和5年度分の芸術祭関係の公的助成・補助金等の内訳は次の通りです。
【公的助成・補助】
・文化芸術による地域振興事業(静岡県)400万円
・中山間の地域引力創出支援事業費等補助金(農林水産省)600万円
・令和5年度補正文化芸術コンテンツ・スポーツ産業海外展開促進事業(地域におけるアートプロジェクトの推進によるアートと経済社会の好循環構築に係る実証事業)(経済産業省)400万円
・アートによる地域振興助成(島田市)50万円
【企業等の助成】
・公益財団法人福武財団「アートによる地域振興助成」
・公益財団法人朝日新聞文化財団
公的助成や補助金には「芸術文化振興」関連ではないものが含まれています。
たとえば「中山間の地域引力創出支援事業費等補助金」は、農林水産省が行う中山間地域(平野の外縁部から山間地に至る地域)の耕作放棄地対策に関連して静岡県農地保全課が所管する補助金です。
また「令和5年度補正文化芸術コンテンツ・スポーツ産業海外展開促進事業(地域におけるアートプロジェクトの推進によるアートと経済社会の好循環構築に係る実証事業)」は、コンテンツ産業振興に関連した経済産業省が所管するものでした。
画像:抜里地区での作品 さとうりさ「くぐりこぶち」※ 画像:抜里地区での作品 小山真徳「沢蟹と盃」※ 画像:抜里地区での作品 夏池篤・山本直「続・川狩り」※
「芸術祭の助成や補助というと、文化庁など文化振興の省庁関連や助成団体から探すことが多いと思います。でも私たちは、芸術文化と地域づくりを合わせることで、地域の課題解決につなげられると考えていました。その視点から、いわゆる文化振興関連だけでなく、広い分野で課題解決に関係する助成や補助を探して、その結果、地域の耕作放棄地問題と関連させて事業を組み立てるなどして、補助金獲得につなげました。」
アートを地域づくりや地域課題解決の手段と考えたことから、視野を広げて様々な助成や補助の可能性を探ることができたといえます。
(2)自主財源の獲得-ゲストハウス「ヌクリハウス」の運営-
「無人駅の芸術祭」をきっかけに自主財源もできました。ゲストハウス「ヌクリハウス」の運営です。
アーティスト・イン・レジデンスの実践のため、アーティストが作品制作するための暮らしの拠点として2021年に開設された「ヌクリハウス」は、アーティストだけでなく、地区の人々、宿泊利用の来訪者など、多様な人が集まり交流する場となっています。特に、アートとは無縁に近かった地域の人々が、アーティストと知り合い、交流を深め、つながることができる「ハブ」としての役割も果たしています。
アーティストは、作品制作もしながら地区の農作業にも関わる「半農・半アーティスト」として地域に入るので、関係人口の増加にも寄与しています。
ヌクリハウスは芸術祭期間以外も宿泊者を受け入れ、令和5年度の収入は200万円となっています。
画像:ヌクリハウス外観 ※ 画像:ヌクリハウスでの交流 ※ 画像:ヌクリハウス内部 ※
3.中山間地と市街地をつなぐアート
(1)「無人駅」を活かす
「地方の過疎化という現代社会を象徴するような『無人駅』があったことが、芸術祭をやるうえで有利な点だったと思います。」と兒玉さんは言います。
大井川は、箱根に並ぶ旧東海道の難所といわれ、危険な暴れ川を「いかに横断する(川渡し)」かが歴史的に重要でした。一方、大井川鐡道は大井川沿いを縦断するように走っています。「川を縦断する」という新たな視点を、「無人駅の芸術祭」は取り入れました。
大井川鐡道の全20駅のうち、16駅が無人化しているそうです。過疎化の象徴といえる無人駅は「集落単位」で捉えることが必要といいます。
「大井川鐡道の駅一つひとつが、人が暮らす『集落単位』と重なっているのです。集落ごとに、人の気質や暮らし方・考え方などは全く異なります。隣りの駅どうしでも集落が違えば地域の雰囲気は全く異なります。そんな小さな集落たちを見比べたり、集落ごとに展開するアートの違いを感じたりすることを、一鉄道の沿線という狭い範囲内で展開できたことは、とても有利だったと思います。」
画像:無人駅を活用した作品 さとうりさ「地蔵まえ3/サトゴシガン(抜里駅)」※ 画像:無人駅を活用した作品 上野雄次「バンブーハウス(神尾駅)」※ 画像:無人駅を活用した作品 木村健世「無人駅文庫・塩郷(塩郷駅)」※
(2)中心市街地と行き来する来訪者
「無人駅の芸術祭」の中心は、島田市中心市街地から20㎞以上離れた中山間地の抜里エリアで、ゲストハウス「ヌクリハウス」もこの地域にあります。
しかし、中山間地の会場を訪れた人々の多くは、その足で島田市の中心市街地を訪れているそうです。島田駅前通りや、東海道の島田宿や大井川渡しの川会所にも作品の展示会場やアーティストによるワークショップを展開することで、大井川鐡道沿線と中心市街地をアートでつなぎ、エリア全体の活性化を図っています。
画像:市街地でのワークショップの様子 パク・ソイ「MilkWay:塵たちはどのように生きていくのか?」※ 画像:市街地でのワークショップの様子 形狩りの衆「顔の家」※ 画像:市街地でのワークショップの様子 上野雄次「花いけバトル」※
4.地域の土台を作る
「無人駅の芸術祭は、『地域の土台作り』に役立っていると考えています。」と兒玉さんは言います。
「地域の人々が、アーティストと農作業や作品作りの手伝い等を通して交流し、アーティストや作品を通して地域の『新たな価値』に気づくことで、地域への誇り(シビックプライド)が高まります。交流そのものがアート作品といっても過言ではありません。わが地域に愛情と誇りを持つ人が多いと、地域を訪れる方(来訪者)や、地域に暮らそうと思う人(移住者)が、地域によりなじみやすくなります。」
「それを私たちは、『地域に土台を作る』(=地域のことを深く知り、地域を愛することで、他者を受け入れるおおらかさ、温かさが準備できていること)と呼びます。地域に土台があること来訪者や移住者が増える、というのは、中山間地も市街地も関係なく大切なことだと思います。」
抜里地区では、アートに全く無縁だった地域の高齢者たちが、アーティストを温かく迎え入れ、作品作りに参加したり、来訪者に作品を案内したりします。緑の茶畑のなかに立つ非日常なアート作品のなかで談笑する姿は、「無人駅の芸術祭」を自分たちのことと捉える前向きな思いを表しています。

「自分が地域の主役で、地域の課題は自分ゴトだと考えるようになることが『地域の土台作り』です。それが移住者を呼び、新しいビジネスを生み出す土台にもなると思います。」
5.取材を終えて
「無人駅の芸術祭」には、もう一つ目指していることがあります。「地域の記憶をアーカイブすること」です。
アートを通して地域は活気づきました。しかし更なる過疎化や耕作放棄、超高齢化など、地域の衰退は今後も進行が予想されます。そうした流れの中で、名もない人々が造り上げてきた地域固有の痕跡・生きた証を、アートという手段で表現することで、観た人・体験した人の心に刻むのです。そのままでは消えゆくだけの地域の記憶が、アーカイブされていくのです。
兒玉さんは、無人駅の芸術祭のリニューアルを検討しているそうです。地域の状況は常に変化していて、これまで築いてきたやり方が今にそぐわなくなってきていると感じているとのこと。引き続きアートを手段として地域づくりを進めていくには、形を変えることも検討する必要がある、とおっしゃっていました。
「島田にしかできない芸術祭があると思います。私たちはそれを追求していきたい。」
兒玉さんの明るく力強い一言に、「無人駅の芸術祭」が、これからも地域の新たな価値を拓いていく可能性を感じました。
※印の写真は、NPO法人クロスメディアしまだ様からご提供いただきました。