地域に受け入れられる事業開発の秘訣~地域課題×ブランディング~
(横浜市中区石川町)
一般社団法人横浜まちクリエイティブは、横浜市中区石川町で活動しているまちづくり会社です。2017年の設立以降、飲食業、宿泊業、観光業、酒販業、広告業、物販、駐車場、レンタルスペースなど、多種多様な事業を展開しています。
同社理事の飯田峰子氏は、個人事業主としてカフェのオーナー、商店会会長やラジオのパーソナリティーなど、さまざまな役割をこなしながら、精力的にまちづくり事業に取り組んでいます。
短期間で多くの事業を立ち上げ収益化してきた同社が取り組む石川町のまちづくりについて、令和5年度まちづくり会社研究会(令和6年1月15日開催:中小機構)での講演内容を紹介します。
<目次>
- 1.複数の商店会と町内会の連携を支える枠組み
- 2.ビジョンをもったまちづくりへ
- 3.カフェを恒常的な交流の場として機能させるためのポイント(連携のための土台つくり)
- 4.地域課題×ブランディング(地域課題を解決するための事業)
- 5.今後の展望(地元住民に石川町の魅力を認識してもらうために)
※各目次をクリックすると、それぞれの記事にジャンプします。
1.複数の商店会と町内会の連携を支える枠組み
一般社団法人横浜まちクリエイティブは、設立から7年が経ちました。現在では7箇所の簡易宿泊所の運営とともに、コミュニティカフェや駐車場、シェアオフィス・シェアキッチン事業のほか、事業効率化のために設立したデザイン会社やコインランドリーの関連法人も持ち、幅広く事業を手掛けています。最近では子供食堂を開始し、地域との関わりが更に強くなっています。
同社が多様な事業展開を行えるのは、地域の連携を重視しながら課題に対応してきた結果ですが、そもそもの設立背景には、石川町の立地環境の変化と、複数関係者間の合意形成の難しさがありました。
石川町の危機、まちづくり会社設立の経緯
横浜市中区石川町には、個性の違う5つの商店街と8つの町内会が存在します。2004年にみなとみらい線の元町・中華街駅が開業するまで、横浜中華街や山下公園といった主要観光地の玄関口として有名で、周辺商店街も集客に苦労しませんでした。しかし、同駅の開業により観光客の流れが変わり、まちの住民や商店街をはじめとした関係者は危機感を覚えるようになりました。
そのようなとき、石川町の中心を流れる中村川に桟橋を整備する勉強会をきっかけに、それまで関わることがなかった町内会、商店主、行政が一同に揃う機会を得て、町の課題を共有する場ができました。
イベントをきっかけに町内会との交流開始、そして世代交代へ
当時、みなとみらい線開通により東横線が廃線となった桜木町駅周辺の野毛町、吉田町の商店街も打撃を受けました。一時シャッター街になりかけましたが、まちの特徴を活かし、住民からも理解を得たイベントを若手事業主が多数開催するようになり、それらのまちづくりが評価されて新規店舗も増えていき、今では活気ある商店街となっています。
石川町でもそうした動きに触発され、若手飲食店の事業主が実行委員となり、フードフェス「裏フェス」を企画・実施しました。ワンコイン500円で各店舗の自慢メニューが食べられるものですが、有名なDJが出演したりバーテンダーが一同に会する等、石川町の特色を出したイベントは大盛況で、初回にも関わらず1万人集客しました。
一方、飲食店の事業主のみで企画運営した初めての試みだったため、資金面の負担、企画・運営面での人手不足、警備面や騒音面のトラブル、ゴミのポイ捨てなど多数の問題が出ました。そのような中、クレームや批判だけではなく「先に相談してくれたら協力できたのに」という町内会の声が聞かれました。
そこから関わりが増え、先述の桟橋勉強会で顔を合わせる際にイベントの相談をしたり、まちの課題について話す機会が生まれ、石川町のまちづくりは一歩進むことになりました。
その結果、町内会と連携が取れるようになったほか、商店会の課題や日常的な相談も受けるようにもなりました。そして、“若手に今後の石川町を任せた方が良いのではないか”という流れになり、イベントの主要実行委員だった若手事業主が商店会の会長に代替わりすることになりました。
2.ビジョンをもったまちづくりへ
組織は若返りましたが、すぐにまちづくりが進んだわけではありませんでした。石川町は観光地に近く、商店街が位置するエリアによって家賃の坪単価が違うことから商店会の会費もそれぞれ異なるため、エリア全体としての統一した動きは難しく、また各商店会の事務局機能も別々でした。
一つの方向性に向けてまちづくり事業を展開するには、まち全体でビジョンを作り上げていく枠組みが必要です。その枠組みとして、まちづくり会社を立ち上げるとともに、商店会の合同事業においては、事務局機能も担うようになりました。
まちづくり会社が責任を持って運営をしていくため、大きな事業を長年にわたり実施することも可能になり、商店会の合意形成もスムーズに進むようになりました。
クラウドファンディングのような事業展開を目指して一般社団法人を選択
なお、商店会や町内会など地域との繋がりが出来ており、“まちのために何かしてくれるなら協力したい“という人が多かったことから、会費として資金が集めやすく、地域の人々と連携しやすい一般社団法人という形態を選択しました。会費は非課税になるため、クラウドファンディングのようなイメージで会費を集めて事業を展開しています。
事業の体制と流れ
同社の4名の理事は、各自が事業主として商売をしながら、商店会の会長及び町内会の役員も兼ねています。地元出身の理事が地域のコンセンサスを取り事業企画を通す。外部出身の理事は音楽シーンやサブカルチャーに精通していたり、客観的目線、地方から見る横浜という視点を持つため、企画を考案する、といったように役割分担ができています。
事業費を会費から捻出するほか、国の補助金等も活用します。同社と商店会が共同で事業を企画し、商店会から同社へ事業を発注するほか、商店会で作り上げた事業を同社が委託を受けるような形でも、事業を展開しています。
同社の利益は寄付という形で商店会へ渡すことができるため、商店会の運営も潤滑になります。
3.カフェを恒常的な交流の場として機能させるためのポイント(連携のための土台つくり)
同社の事業の中で、最初に着手し、現在も柱となっている事業がコミュニティカフェです。カフェスペースのほかにセミナールームを有し、野菜販売、簡易宿泊所(後述)の受付など、さまざまな機能がありますが、一番の役割はまちづくり会社と地域の商店会、町内会を繋ぎとめることです。
〇気軽に立ち寄れる、商店会・町内会の事務局機能
ここには「コピーしてくれないか」といった簡単なお願い、「町内会の催事に子どもを集めてほしい」といった相談等が入ります。例えば、商店会全体でプレミアム商品券事業を行う際には「どこの商店会が事務局をやるのか」という話になりますが、このカフェで同社が事務局機能も含めた換金作業や事務作業を担うため、より連携をスムーズにすることができています。
〇イベント開催の拠点
イベントや町内会の催事の際、拠点となります。それまで学校から借りていた椅子や設備品をカフェに備えているほか、カフェの椅子や調理器具も使えます。カフェで雇用しているスタッフも、イベント時の人手として活用することができます。
〇地域の人が常に集える場所
町内会の集まりもカフェで行われることが多く、高齢者の方々のスイーツ会を実施したり、地域の方が集まる場になっています。
(画像出所:飯田氏講演資料)
イベントの時だけ集まるのでは関係は構築できませんが、このように日常的に関係者が集える場があることで、地域の連携が維持できているといえます。
4.地域課題×ブランディング(地域課題を解決するための事業)
町内会、商店街を含めたまちの課題を考えながら進める同社の事業の特徴は、地域課題×ブランディングが軸となっている点です。
同社では、まちの魅力発信、地域資源活用を考えていくにあたり、「立地」を資源にしようと考えました。横浜の観光地に近い、羽田に近い立地は、石川町にとって大きな資源といえます。石川町の新たな魅力作りと、地域課題の解決を同時に進める主な事業は、次のとおりです。
地域課題① 空き家対策/簡易宿泊事業
石川町は住民の高齢化等で空き家が多く、防犯・防災の面からも空き家対策は大きな課題でした。ヒントを得たのは、石川町に近い寿町は、昔から日雇い労働者向けの簡易宿泊所多いエリアだったことです。
寿町の昔のイメージを持たれる方も多い中、横浜エリアで観光する人の新たな中継地として、多くの人が立ち寄る地域となる目標を掲げて宿泊所の運営をはじめました。
同社ではドミトリー形式や1棟貸し形式など、空き家の広さ等に応じて改装しています。同社が受け皿として補助制度を活用できるため、大規模な事業を実施できる点も、まちづくり会社を作ったメリットといえます。
宿泊所は駅から徒歩3分から20分の距離に点在していますが、同社ではこれをメリットと考えています。観光客にまちを回遊してもらうため、各宿泊所にはシャワーを設置するのみで、料理はほとんど出しません。宿泊者には商店街の情報を伝え、エリア内の銭湯の利用を促します。外国人には銭湯の入り方入りガイドブックを渡すなど、商店街のお店を利用する、回遊する仕掛けをしています。
当初よりインバウンド向けのアプローチを行い利用は順調に推移しました。また、外国人観光客は駅から20分の距離も苦に思わないことは、運営を通してわかったことです。コロナ禍で宿泊者が一時ゼロにもなりましたが、2023年の5類移行後は平均稼働率70%、土日は94%まで稼働率が上がっています。
地域課題② プレイヤーの発掘/シェアキッチン・シェアオフィスの提供
同社では、次の世代、次の事業展開を考える段階に来ています。そのため、地域の人に向けたブランディング、石川町に魅力を感じてもらい起業を促すことを一番の目的として、シェアキッチンとシェアオフィスを立ち上げています。シェアキッチンを使う人は先述の『裏フェス』に参加できる等、他事業との連携など、起業者向けの仕組みを工夫しています。
起業を促すだけでなく、本格的な開業前に、町内会の人やエリア内の事業主等との関わりを持てるため、“人”を含めた石川町の魅力を感じてもらうことができます。
地域課題③ 地域の人に向けたブランディング/地域を巻き込むための体験型事業
来街者だけでなく地域住民も同社のターゲットです。地域の人々にまちづくりを考えてもらいたい想いから、関わる人を増やす枠組みとして、「まちラボ」という事業を実施しています。訪日客向けに英語で宿泊所のチェックインを担当してもらったり、宿泊施設の掃除等、まちづくり会社等の仕事体験を通じて、地域の子どもや保護者との関係づくりをしています。近年は子供食堂も開始し、地域の人との接点を更に増やしています。
その他、地域に目を向けてもらうため、地域の人向けに石川町の魅力を訴求するイベントを各種企画しています。ライブペインティング、スケートボードのパークイベント、バイカーが100台集まるイベント、マリンFMなど、様々な個性を持つ人たちに石川町に関わってもらうイベントを作り上げています。特に横浜市全体でアートに力を入れてまちづくりを行っていますが、石川町のストリートアートは以前から注目されてきました。各宿泊棟にもアーティストの作品が展示されており、石川町のカラーが出た宿泊施設です。
地域の人に向けた石川町の魅力訴求、ブランディングのイベントは重要であると同社では考えています。「(裏フェス以外のイベントは)石川町のローカルカルチャーを住人に知ってもらうことが一番の目的」と飯田氏は述べました。
5.今後の展望(地元住民に石川町の魅力を認識してもらうために)
これらの取組が奏功し、住民も石川町の魅力や地域の資源を理解してくれるようになりました。更なる石川町の魅力を発信するため、ローカルカルチャーの要素を体験事業に組み込んでいく計画です。
例えば、餅つき体験や誰でも参加できる神輿等の体験事業です。餅つきは石川町の8つの町内会が、長年守り続けてきた行事であり、石川町としてPRできることです。
商店街と町内会が連携して伝統を守ってきたこと自体を、魅力として感じてもらえるような体験の場を提供すべく、施設を整備していきたいと考えています。
事業開発の秘訣は「地域の理解と協力」
まちづくり会社の事業展開における秘訣は、「商店会と町内会の合意形成を取りつつ、地域に必要な事業を行ってきたことであり、今後も重要な柱になっていくと思う」と飯田氏はまとめました。
商店会や町内会の枠組みを超えたまちづくり会社が、エリアの事務局として機能し、「コピーを取る」など気軽に寄れるような場になっていること。また、交流の場として機能しているコミュニティカフェの存在が非常に大きいと感じます。
シェアキッチン、シェアオフィスの運営事業について、「一番の目的は地域の町内会、商店会と関わってもらい、石川町に魅力を感じてもらうこと」と明言されたことは、印象的でした。
“地域の理解”という点では、事業運営に関する理解だけでなく、地元住民や事業者に石川町の魅力を理解してもらうためのイベントに力を入れている点も、非常に特徴的です。
地域資源の見直しや魅力づくりという点でも、同社の今後の展開に注目したいと思います。