公共空間の利活用実証実験~日常的活用に向けて~
(東京都府中市)
東京都府中市の中心市街地では、これまで民間利用のハードルが高かった府中駅周辺の公共空間を、気軽に利用できるようにするための仕組み作りを進めています。その主体は同市のまちづくり組織である、一般社団法人まちづくり府中です。同法人は2016(平成28)年に設立、2020(令和2)年に府中市より都市再生推進法人の指定を受け、中心市街地のエリアマネジメントを推進しています。
公共空間活用の事業化に向けた実証実験を行い、本格運用を目指している同法人を取材しました。事業の運用開始に向けた取組みと今後の展望等をご紹介します。
(一般社団法人まちづくり府中) ・廣瀬 健氏
・関谷 昴氏
・光永 奈津美氏
<目次>
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1.中心市街地活性化とけやき並木通りを軸とした道路活用
中心市街地の概要
東京都府中市は人口260,254人(2023年12月1日現在推計)、東京都多摩地域の拠点都市の一つです。その成り立ちは、約1,300年前の飛鳥~奈良時代に武蔵国の国府が置かれたことに遡ります。以来、武蔵国の政治・文化の中心地となり、鎌倉時代頃まで引き継がれました。
中心市街地は京王線府中駅をはさんで、南北に長いエリアです。まちの中心にあるけやき並木通りは、武蔵国の総社である大國魂(おおくにたま)神社の参道でもありました。「馬場大門のケヤキ並木」(国指定天然記念物)を有し、古くから賑わっていた、府中のまちを象徴する通りの一つです。大國魂神社の参道に沿って南北に約600メートル、幅約30メートル、けやき約150本の並木道となっています。
同市は、2016(平成28)年6月から2022(令和4)年3月まで中心市街地活性化基本計画を実施しました。現在は中活計画を承継しつつ、社会情勢等の変化に即した新たな取組みの方向性として市独自の「中心市街地活性化ビジョン」を策定し、引き続き中心市街地の活性化を進めています。
けやき並木通りを軸としたこれまでの道路活用
同市の公共空間活用は、これまでもけやき並木通りを中心に行われてきました。2014(平成26)年より日曜・祝日の正午から午後6時まで、通りの一部を交通規制して歩行者天国としています。府中駅前の賑わい創出とともに市内のお店を知ってもらう出会いの場「キテキテ府中マルシェ」や、ラグビーワールドカップのパブリックビューイングの会場等として利用されるなど、さまざまなイベントが実施されています。
コロナ禍から始まった府中ストリートテラス
近年では道路上にテーブル・椅子を設置して、飲食や休憩に使える空間を提供する「府中ストリートテラス」を2020年8月より実施しています。
当時、新型コロナウイルス感染症の拡大を受けた緊急事態宣言の発令、外出自粛など、都内では萎縮した雰囲気がありました。
そこで、感染拡大防止措置を講じ、3密にならない屋外で心地良く過ごせる場を提供しようと、同法人主導で「府中ストリートテラス」を開始。市から道路使用許可を得て、毎週日曜日の交通規制の時間帯を活用し、車道に椅子とテーブルを配置し、誰でも無料で使えるようにしました。
(外部リンク:府中ストリートテラス) 別ウィンドウで開きます
開始当初は市民からの批判も覚悟でしたが、「憩いの場が提供されてほっとする」「良い取組みなので続けてほしい」といった声が多く、現在も継続しています。当初は、まちづくり府中のメンバーのみで設営・運営を行っていましたが、現在は同市のシルバー人材センターも活躍しており、地域の雇用創出にもなっています。
この取組みは、けやき並木通りからはじまり、現在では府中スカイナード(府中駅ペデストリアンデッキ)南口、ぷらりと京王府中(駅前商業施設)周辺でも実施しています。けやき並木通りではキッチンカーの出店もあり、府中ストリートテラスの空間づくりに寄与しています。
府中ストリートテラスの実施は、その後の「むさし府中まちバル」など、まちなかで実施する事業に対する地域の理解にも繋がりました。
また、近隣の商業施設からも運営費の協賛や、運営をするにあたっての協力をいただいており、継続的な実施や、スムーズな運営をすることが可能となっています。
2.都市利便増進協定の締結を目指して
これまで同市における公園や道路といった公共空間は、市の主催や共催などの公的イベントに限定して活用されてきました。
けやき並木通りを軸とした府中駅周辺のまちづくりが進む中で、同市は2022(令和4)年11月、府中駅及び府中本町駅周辺地区の都市再生整備計画を策定しました。
これを受けて、民間の公共空間活用のため、都市再生推進法人であるまちづくり府中と、道路管理者である府中市との間で都市利便増進協定※の締結を目指すことになりました。
※都市利便増進協定
都市利便増進協定は、住民や観光客の利便を高め、まちの賑わいや交流の創出に寄与する施設(都市利便増進施設)について、地域住民等が一体的に整備・管理を行うために締結する協定制度です。地域住民・都市再生推進法人等の発意に基づき協定を作成・締結し市町村が認定します。市町村と適切に役割分担を図りながらまちづくりを推進することが可能となり、地域のエリアマネジメントを継続的に取組む際に活用することが期待されています。
都市利便増進協定による公共空間・道路空間活用へ
同法人では、都市再生推進法人に指定されて以降、道路空間の更なる活用について府中市や警察との協議を重ねながら、「ほこみち」や他の道路特例活用も含めた可能性を模索してきました。
数年に及ぶ協議の中で、イベント開催の実績、通行上支障がないことや歩行者の安全を担保する運営ノウハウも蓄積でき、「都市再生整備計画をもとにした都市利便増進協定で道路活用を進めた方がスムーズではないか」という考えにいきつきました。
都市利便増進協定を締結すると、これまで公的事業やお祭り等でしか利用されてこなかった公共空間・道路空間を、民間事業者も使用できるようになります。
そこで、都市利便増進協定により道路を活用することを念頭に、2022年度下期に実証実験を行い、結果や課題を行政や周辺関係者と協議した上で、道路活用のルールを固めていくこととなりました。
3.公共空間の民間貸出事業に向けた実証実験
実証実験は2022年11月から2023年3月末までの期間で実施しました。協定締結後すぐに開始できるよう、民間による使用を想定した実施要領案を作成し、それを実証実験に適用・試行しました。
実証実験の目的は、実施要領案の検証やオペレーションの確認、マーケティング調査、事業として成り立たせるための適切な価格設定等の検証です。
2022年11月から周知を開始しましたが、事業者側の準備もあり、イベントの実施は2月3月に集中しました。2か月間で民間企業や大学、高校など約10の事業者が参加しました。
実証実験の様子
実証実験では、車の展示イベント、東京農工大学のクラフトビールと飲食店のコラボレーション企画や、企業のワークショップ、新規事業のPRを兼ねた出店、地元高校の物産マルシェなど、さまざまなイベントが開催されました。
府中駅周辺の官民地域連携
実証実験が終わる3月末の週末は、府中市民桜まつりや商業施設のイベントなどが複数実施されるため、多くの人出が見込まれていました。そこで、同法人では公共空間の活用事業だけでなく、府中駅周辺で開催される官民のイベントを一つにまとめた販促物を発行しました。パンフレットは大変好評で、現在は隔月で「キテキテ府中NEWS」として定期刊行する事業に育ちました。
また、マルシェやまちバルなど同時多発的にイベントを開催し、他団体との告知連携により相互に誘客し、来街者の回遊性向上を図りました。当日は府中スカイナードで「キテキテ府中マルシェ」が行われました 。
4.取組みのポイント、日常的活用に向けた課題
取組みのポイント
● 都市再生推進法人だからできる、より柔軟な方法を選択したこと
同法人が民間からの利用申請を受け付け警察と調整するため、利用者にとって利便性が高いスキームです。 “都市再生推進法人だからこそできる“という位置付けが明確であり、また他の制度より柔軟に対応できる都市利便増進協定による活用を選択しました。
これが可能となったのは、イベント事業の運営や道路活用の実績を積み上げ、運営上の問題や通行上の支障がなかったこと等が評価された点が大きいといえます。
● 各媒体を使いこなして情報発信を強化したこと
同法人では、主に自社公式サイトやSNS、ニュース発信媒体への投稿等を中心に、イベントや取組みの周知を行っています。今回の実証実験でもさまざまな媒体を活用して情報を発信した結果、新聞社の取材で取り上げられました。新聞に掲載されたことで、問い合わせが大きく増加したということです。各媒体を使いこなして発信範囲を広げたことで、民間企業を中心とした新しい利用者の開拓につながりました。
● 全ケースで警察と事前協議を実施したこと
今回の実証実験では、全ケースで警察との事前協議を行ってから申請することとし、丁寧に進めています。これまで積み上げてきた実績と都市再生推進法人としての公的位置付けだけでなく、こうした丁寧な進め方が信頼性と運営ノウハウの更なる向上に役立っています。
なお、警察協議のポイントは、「どのように道路を活用しようとしているのか」「活用実績がある場合はその実績」「事前周知や当日の警備・交通誘導体制」を整理して説明すること、ということです。
本格運用と日常化に向けて/使い方を示す
2024年3月から、民間事業者への貸出事業を正式に開始する予定です。
けやき並木通りは定期的にイベント等が開催される人気のある場所です。今回の実証実験を通しても、この場所の利用ニーズが高いことが改めて分かりました。一方、府中スカイナードのニーズはけやき並木通りに比べて低めとなっています。そのため、今後は府中スカイナードの利活用促進も進めていくとのことです。
府中スカイナードは府中駅からまちを東西南北につなぎ、府中駅周辺のアクセスには欠かせない存在です。足元にはロータリーがあり、府中駅から各所に向かう人々が行き交う結節点であるため、歩行者交通量は多く、場所としてのポテンシャルは非常に高いといえます。
同法人では、今後よりこの場所が日常的に活用されるよう、事業者や市民への継続した周知が必要であると考えています。第一ステップとして、使い方を示すため自ら活用することから始めています。
「火を起こすため、我々で一回やってみる。その後に参加してくれる事業者が増え、発信されていけば、だんだんと大きい火になっていくと思う」と同法人タウンマネージャーの廣瀬氏は述べました。
府中駅周辺の賑わい創出と交流拠点としての強化
同法人では、活用を広げるためにも、「申し込めば使える手軽さ」が重要だと考えています。都市再生推進法人である同法人が、道路の使用手続きを一括して対応するため、今後は公的なイベントに限らず、道路で手軽に、有償無償含めたイベントを気軽に実施できるようになります。
公共空間を活用することで、事業者や市民団体などがよりPRをしやすくなるほか、民間団体が地域還元のために行うイベントも行いやすくなり、公共空間の活用事業はそうした人に提案できる事業と言えます。
賑わい創出と回遊性向上だけでなく、道路やペデストリアンデッキが、多様な人材が集う交流拠点にもなりえます。そこから新たな繋がりや取組みに発展することも期待されています。
5.今後の展望
公共空間の活用収益による環境整備
ストリートテラスは地域貢献として始めた取組みですが、人件費や清掃活動など、運営や環境維持のためのコストがかかっており、単独での収益化が難しい事情があります。今後はそうしたコストを、公共空間の活用事業における使用料の収益で賄っていきたい考えです。
公共空間の活用で得られた収益を、ストリートテラス等公共空間の環境整備に使うといったように循環させていく計画です。
関係団体とのつながり強化も
ストリートテラスは、昨年度まで市も主催者でしたが、2023年度からは同法人の独自事業となっています。そこで、今後さまざまな団体の巻き込み、団体同士の連携を構想しています。例えば、市民グループが育てた花をストリートテラスのテーブルに置いたり、府中のジャズイベント参加グループの生演奏を流したり。けやき並木通りや府中スカイナードを舞台に、官民問わずまちに関わる人との関係を強化していきたい考えです。
近年、市や他団体からイベントの運営等に関して相談を受けることが増えてきました。また、けやき並木通りで行われる自治体や他団体のイベント情報等も、同法人に集まるようになっており、「情報が集まるプラットフォームになれてきたと思う」、と同法人の事業推進マネージャーの関谷氏は述べました。まちづくり府中はエリアマネジメント組織として、地域資源を活用し、結び付け、磨き上げることにより、引き続き地域価値の向上を目指します。
<取材を終えて>
府中ストリートテラスは、日曜・祝日の正午から始まります。お昼前になると椅子・テーブル等の什器が登場し、まちづくり府中のスタッフが手際よく設置していきます。開始とともに、ジャズ音楽が流れ始めると、各所に設置されたテーブルはあっという間に埋まりました。演奏は「けやき音楽祭 JAZZ in FUCHU」に参加したバンドの演奏を録音したものだそうです。木漏れ日の中で音楽に包まれ、長居したくなる居心地の良さを感じました。
買い物途中の休憩、近隣の店舗やキッチンカーで購入してランチを楽しむ姿など、思い思いにくつろぐ人々の姿がとても印象的で市民にも根付いている様子が見受けられました。
民間貸出事業についても、日常化するまでさまざまな工夫・仕掛けが必要になると思われますが、日常化した際にはメイン通りだけではない場所においても、人が集まり、動き、交わる光景が見られ、エリア自体の価値向上に繋がると考えられます。今後の取組みが楽しみです。