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中心市街地活性化と将来に亘って地方公共交通を維持するために(熊本県熊本市)

熊本県熊本市は、車社会の進展や、それに伴う郊外大型店進出により、中心市街地来街者が減少し、公共交通利用者も減少するなど、中心市街地は以前より衰退しています。

そんな中、熊本県下に九州産交バス株式会社、産交バス株式会社の2つのバス会社を傘下に持つ九州産業交通ホールディングス株式会社が複合商業施設を整備し、そのオープン日に熊本県内バス・電車無料の日として、複数事業者による公共交通無料化を実施しました。

この取り組みは、中心市街地活性化とともに公共交通持続化を図るうえで、大きなヒントを得る結果となりました。詳細は以下の通りです。

夜景
サクラマチ・クマモト(九州産業交通ホールディングス提供)

中心市街地活性化来街の目的となる複合商業施設の整備

複合商業施設SAKURA MACHI Kumamoto(以下、サクラマチ・クマモト)は、九州産業交通ホールディングス(以下 九州産交HD)のグループ会社である熊本桜町再開発株式会社により整備されました。サクラマチ・クマモトの前身は熊本交通センターでした。熊本交通センターは、1969年に整備されたバスターミナルです。時代とともに改修を重ね、商業施設やホテル、近隣に百貨店を有するバスターミナルでしたが、老朽化やバリアフリー未対応などの問題もあり、熊本市中心市街地活性化基本計画で推進する事業として再開発されることとなりました。

2019年9月に新施設として整備されたサクラマチ・クマモトは、バスターミナルのほかに、ホテル、バンケット、オフィス、公共施設である熊本城ホール、加えて、これらの利用者の多種多様なニーズに対応する149ものテナント店を有します。

サクラマチ・クマモト開業初日の商業施設、バスターミナル利用者は約25万人でした。さらに、利用者は、開業10日で100万人を超え、開業から4カ月で約760万人の利用がありました。

また、サクラマチ・クマモトの開業と併せ9月から12月まで、ラグビーワールドカップを始めとする様々なイベントが、施設正面の(仮称)花畑広場において行われたことで、施設開業とイベント開催の両面から、熊本市中心市街地における賑わいを創出し、近隣商店街等への回遊性が高まりました。

【参考】
2016年の熊本地震を受け、サクラマチ・クマモトは、防災・減災機能を有する施設でもあり、民間として初めての「指定緊急避難場所」として位置づけられています。
熊本市と事業者が、災害時の施設への帰宅困難者などの受け入れや備蓄物資の提供に協力する協定を結んでおり、給水や発電の機能や食料備蓄を有しています。これにより、一次避難者11,000人が3日間滞在できるといいます。

公共交通無料実証実験の実施

九州産交HDは、サクラマチ・クマモトのオープンに際して、市内渋滞の緩和を目的に公共交通無料を実施する企画を立てました。実証実験は、九州産交バスなど5社の路線バスや熊本市電、熊本電鉄電車の始発から最終便が誰でも1日無料となるもので、他社の運賃収入や当日の警備員手配、宣伝広告費等の諸経費について、全て九州産交グループが負担しました。

この企画に、ヤフー株式会社がデータフォレスト構想の一環として人流分析のためのデータを、Traffic Brain(トラフィックブレイン)株式会社が当日の遅延状況の分析を行うために連携することになりました。

加えて、熊本市が企画支援として、熊本大学が技術監修として協力することになり、産学官の5者体制のもと「SAKURAMACHI DATA PJ(以下、サクラマチ・データ・プロジェクト)」を組み、公共交通無料実証実験に臨むことになりました。

体制
サクラマチ・データ・プロジェクト体制(九州産業交通ホールディングス提供)

公共交通実証実験の結果と効果

この公共交通無料実証実験の結果は目を見張るものでした。サクラマチ・クマモトの来場者25万人に寄与したほかに、以下に記載する中心市街地活性化のヒントとなるような結果と効果がありました。サクラマチ・データ・プロジェクトが計測・算出した実証実験の結果は以下の通りです。

実証実験当日のサクラマチ・クマモト前の様子
実証実験当日のサクラマチ・クマモト前の様子(九州産業交通ホールディングス提供)

(1)公共交通利用者の増加

サクラマチ・クマモトのオープン日の公共交通利用者は25万人でした。これは、比較基準日である実証実験日7日前の数値と比べ2.5倍の増加でした。興味深いのは、実証実験日7日後の利用者も基準日と比較して1.1倍の増加となったことです。無料インセンティブがなくとも利用者が増加した形です。

加えて、実証実験日は、中心市街地へ向かう路線だけでなく、中心市街地から郊外に向かう路線も利用者が増加しました。

公共交通無料のインセンティブが日帰り観光ニーズを喚起し、天草・阿蘇・山鹿などの郊外へ向かう路線にも大きな伸びがみられました。熊本県下における路線の潜在ニーズがあらわになった形です。

また、これらの路線利用者数もオープン日から7日後の利用者が4パーセント増加しました。実証実験関係者によれば、これは地方路線ではなかなか成しえない事象といいます。

公共交通の無料化が、中心市街地ばかりでなく、その周辺地域の魅力も再認識されるきかっけとなったといえそうです。

(2)渋滞の緩和

実証実験日にサクラマチ・クマモト来場者の交通手段を調査したところ、70パーセントが公共交通、16パーセントが自家用車でした。普段は自家用車による来街が65パーセント以上であることから、公共交通無料化により自家用車利用が大幅に減少したといえます。

その結果、市内の交通渋滞が約40パーセント削減されました。ほかの地方都市同様、車社会が進む熊本市にとって注目すべきデータといえます。

渋滞緩和
路線電車に並ぶ列と道路渋滞の緩和(九州産業交通ホールディングス提供)

(3)中心市街地活性化への波及効果

サクラマチ・データ・プロジェクトは、実証実験日の中心市街地における滞在状況についてもデータ収集・分析を行いました。

分析データによれば、中心市街地滞在者数を、実証実験日と基準日で比較したところ、ランチタイムで平均約2.0倍、ディナータイムで平均約1.35倍オープン日のほうが多くなっていることが分かりました。

また、実証実験日のサクラマチ・クマモト来場者数や、ヒアリング調査から分かった中心市街地活性化での平均支出額などから、中心市街地活への経済波及効果を約11.4億円と推計。

そのうち、当日の公共交通利用者の割合や公共交通無料化が要因による来場者の割合から公共交通無料化による効果を約5億円と推計しました。

九州産交グループが公共交通無料化による他社の運賃や諸経費も含めて負担した、と述べましたが、この経済効果は負担額を大きく超えるものとなりました。

賑わう中心市街地活性化
実証実験当日の中心市街地活性化の賑わい(九州産業交通ホールディングス提供)

以上のような公共交通無料化実証実験の結果は予想を大きく上回るものでしたが、今後の課題も見つかりました。最大の課題は、普段自家用車を利用する層を、公共交通へシフトさせることです。

ヒアリング調査によれば、公共交通無料日の利用者の40パーセントが利便性を理由に自家用車利用に戻すといいます。九州産交HDは、運賃のほかに来街者のインセンティブを掛け合わせて公共交通利用者を増やしたいとしています。

サクラマチ・データ・プロジェクトは、データを活用した産学官連携の必要性を再認識し、今後の活動として、
①中心市街地への回遊性を高め、賑わいを創出する活動
②移動の活発化と渋滞緩和を目的とした公共交通利用促進策の検討
③官民データを活用した分析報告やオープンデータの推進活動

以上の取り組みを推進していくとしています。

公共交通無料化実証実験が示したこととこれからの動き

以上のように、今回の実証実験では、複合商業施設サクラマチ・クマモトオープンが来街目的となり、公共交通無料の来街手段となり、これらが相乗効果を発揮し、様々な効果をもたらしました。

実証実験の結果から、公共交通の利便性が向上することで乗客だけでなく、中心市街地の商業者、周辺郊外にも恩恵があることが分かりました。これは、地方の公共交通持続化を考える上でエリアの価値への影響も考えるべきと再び示唆しているように思えます。

公共交通無料化実証実験で得られたデータは、このような取り組みの大きなヒントになりました。熊本県内のバス事業者5社と熊本県、熊本市で組織される「バス交通のあり方検討会」は、実証実験の結果を受けて、2020年秋には、運賃を一律100円とする公共交通実証実験を行い、比較検証データを取り共同経営化に向けた議論に活用したいとしており、今回の公共交通無料実証実験は、地方の公共交通持続化に一石を投じる結果になったといえます。

【参考 熊本市の「バス交通あり方検討会」】
熊本県内のバス事業者5社と熊本県、熊本市で組織される「バス交通のあり方検討会」は、将来に向けてバス交通持続化を議論しています。バス交通のあり方検討会は、政府の未来投資会議で議論が進んでいる独占禁止法の特例緩和措置を見据え、2019年1月27日に共同経営に向けて合意したことを公表しました。
今後は、特例緩和の法案成立後に共同経営準備室を設置する予定です。共同経営準備室は、各社の重複路線の整理や運行ダイヤの調整、共通定期券の導入、乗り継ぎ割引の拡充など各種施策による課題解決や、利便性の向上に向け取組を推進します。