風評被害地域から見た震災 ―福島県白河市―
「うつくしま ふくしま」に賑わいが戻るまで、復興に向け走り続ける

市のシンボル白河小峰城

  平成23年3月11日14時46分。東日本の太平洋側を襲ったマグニチュード9.0の巨大地震は東北地方を中心に未曾有の大被害をもたらしました。今回は、この巨大地震の爪あとが今も生々しく残り、さらに福島第一原発事故による風評被害にさらされている福島県白河市を緊急取材しました。こうした被災状況の中にあって、白河はいち早く自らの力で復興に向けて走り出しました。その取組みをお伝えします。



白河市

人口 64,666人(平成23年2月)
面積 約305km2
白河市は、東北地方の南部、みちのくの玄関口に位置し、栃木県(那須町)と接しています。東北新幹線、東北自動車道で、首都圏、仙台市と結ばれ、新幹線では、東京まで約90分の立地にあります。



何ヶ所も崩落した石垣

東日本大震災の被害状況

全体の被害状況(平成23年8月22日現在)

死者  15,721人
行方不明 4,615人
負傷者 5,719人
全壊  113,936戸  半壊150,806戸

白河市の被害状況(平成23年7月6日現在)

死者  12人
負傷者  2人
全壊  186戸  半壊769戸
福島原発放射線マップと白河市

 協議会事務局で中心市街地活性化事業の担当であり、震災復興事業にも携わっている内藤 亘白河商工会議所企画総務課係長に、被災地が自らの力で復興に向けて一丸となっている白河の取組みについて伺いました。

震災発生直後のまちの状況を教えてください。

白河商工会議所内藤氏

 震度6強の今まで経験したことのない激しい揺れを感じ、そして余震と思えない大きな揺れが繰り返し起こり、大変な不安を覚えました。一瞬にしてライフライン、通信網は断絶し、新幹線、在来線を含め鉄道網が不通、高速道路は通行止めとなり、一般道も多くの箇所で寸断され、信号機の停止によって交通渋滞が多発しました。この結果物流が途絶え、ガソリンをはじめ生活物資が不足する状態に陥りました。

 市内では、ガケ崩れにより12名の方が亡くなり、市のシンボルである白河小峰城も石垣が大きく崩落し、復元まで5年を要する被害となっています。 中心市街地では、家屋、店舗の倒壊は多くありませんでしたが、中心商店街では震災発生から2週間の間は、開店休業状態に追い込まれました。


白河市の場合、地震による被害に加え、福島第一原発事故に伴う風評被害に見舞われました。その状況を教えてください。

 福島第一原発事故は、風評被害という形で、白河市の主要産業である農業、製造業、観光業などに大きな打撃を与え、まちの復興に大きな障害となって、市経済、市民生活に暗い影を落としています。

 白河市は福島第一原発から約80kmに位置し、計画的避難区域、緊急時避難準備区域からも遠く離れ、現在の放射線量は国の基準において安全な範囲内にあります。 しかし、「福島県」ということで風評被害に直面しています。

 震災直後は運送会社が福島県内への物資輸送を拒否され、支援物資が被災地に届かない事態が発生しました。さらに看護士、保健士の派遣先として福島県が敬遠されるという事態まで起こりました。

 農産物は取引先から受け取りを拒否され、工業製品は取引先から残留放射線量の測定結果の提出を求められることも頻発しました。 観光業では、宿泊キャンセルが相次ぎ、5月末になってやっと震災後初めてのツアー客があるという事態に陥り、観光物産協会では「原発に収束のめどが立たないことには、風評被害はどうにもならないのではないか」と嘆いています。

復興に向けてどのような取り組みをされてきたのでしょうか

 白河市では幸いにも行政機能のダメージが大きくなかったことから、行政の主導により震災直後のライフラインの復旧や被災者への住宅供給など素早い対応が図られました。

 民間においても、白河商工会議所会頭の発意により、福島第一原発事故に伴う風評被害から白河の産業を守るために、「白河は元気です。安全です。」というメッセージを外に向け一刻も早く発信することが大切と考え、直ちに、白河市、白河商工会議所、白河農業協同組合、(財)白河観光物産協会などで構成される「東日本大震災原発関連等風評被害対策会議」を設立しました。

 この動きをキッカケに行政と民間が連携して、復興に向けた様々な取組みが進められました。

風評被害に対しては、どのような取組みをされてきたのでしょうか

(1)「農産物・地場産品安全安心体験フェア」を開催
「安全安心体験フェア」会場の模様

 震災約1ヵ月後の4月16日には、「東日本大震災原発関連等風評被害対策会議」が「農産物・地場産品安全安心体験フェア」を開催して、厳重な検査体制をとり、安全が確認された野菜しか市場に出していないことを宣言し、白河野菜の安全性をアピールするとともに、白河は復興に向けすでに動き出していることを外に向かって強く発信しました。当日は住民、商業者、農業者、観光業者など3000人の市民が集まり、まちが一体となって、広がる風評被害の払拭に努めていることを印象付けました。

 また、行政、農協が中心となり、他市に先駆け東京など首都圏に出向き、白河の農産物等の物産展を度々開催し、消費者に安全性を直接PRし、風評の払拭に努めています。





(2)中心市街地活性化基本計画の中核事業「中町小路 楽蔵(らくら)」をオープン
「中町小路 楽蔵」オープンの模様

 この事業は、既存の蔵を有効活用した、飲食店、農産物直売所など9店舗が入居するテナントミックス事業で、国の認定を受けた白河市中心市街地活性化基本計画の中核事業でもあります。

 同事業は、テナントミックス施設「中町小路 楽蔵」が建設途中に震災に遭い、外壁の崩落、内壁のひび割れ、ドアの開閉不能など大きな被害を受け、事業継続が危ぶまれました。 震災時、事業の推進主体である商工会議所、まちづくり会社自身が被災したことに加え、職員が震災対応に追われ、「楽蔵」に取組める状況ではありませんでした。さらに工事を請け負った建設会社も、市から震災復旧事業への従事要請があり、「楽蔵」建設に取りかかれない状況でした。

 こうした事態を前へ推し進めたのは多くの市民から寄せられた「楽蔵はどうなってしまうの?」「楽蔵はいつオープンできるの?」といったまちの新しいスポットに対する期待の声でした。こうした声から市民が「楽蔵」を復興へのシンボルと考えていることがうかがえました。「少しでも早く工事を再開して、市民の声に応えたい」事業関係者の想いは一つでした。 その後は、市民の声と事業関係者の熱意に後押しされ、建設は急ピッチで進展。当初のオープン月よりも約2ヶ月遅れましたが、6月26日、この日を待ちわびていた多くの市民に見守られ、華やかな式典によりオープンを迎えることができました。

 「楽蔵」のオープンは数多くのマスコミに取り上げられ、白河の復興に向けての取組みとして報道され、まちの再興が進んでいることを印象付けることができました。

 オープン後の客足も順調で、さらに「楽蔵」のオープンにより周辺に新しい人の流れが生まれ、近隣の空き店舗が次々に埋まっていく波及効果も現れてきています。

(3)「陽はまた昇る」プロジェクトの展開
復興支援ポロシャツをPRするご当地人気キャラの「ダルライダーとダイスたち」

 白河商工会議所青年部が主体となり、震災からの復興に向けて4弾の復興イベントを企画し、自分たちでできることから白河の再生につなげていくことを目指し、市民、事業者を巻き込んだプロジェクトに取組んでいます。

○第1弾:震災復興義援金付「がんばるぞ!白河」ポロシャツの発売
「がんばるぞ!白河」の復興メッセージをデザインしたポロシャツを製作販売し、売上金の一部を白河の復興に充てるとともに、ポロシャツを着て各種メディアに登場し、白河が復興に向け取組んでいることをアピールし、観光客の誘致等地域経済の活性化に努めています。

○第3弾:「しらかわSOUL(魂)フェスティバル」の開催
「多くの市民に今まで以上の笑顔と元気を届けたい」をテーマに、震災復興チャリティイベント「しらかわSOUL(魂)フェスティバル」を企画しています。

 被災地として厳しい状況下にあっても、市民の気持ちが前向きになっていくことが何より大切と考え、市民参加のイベントを開催し、市民に元気と笑顔を届けるとともに、メディアを活用して、白河の元気を外に向け発信することを計画しています。

(第2弾「ぼくらの課外授業 ザ・チャレンジ 」掲載略、第4弾企画中)

多くの困難があった中、震災後4ヶ月で、ここまで復興が図れた理由は何でしょうか

 今はまだまだ復興の途中ですが、第一には震災直後から復興に向けて行政、民間のトップの共通認識が図られ、まちの主要な機関がほぼ参画する形で「東日本大震災原発関連等風評被害対策会議」が早期に立ち上がり、市民、事業者を巻き込んで復興に取組んでいく機運が高まったことがあげられます。

 次に、震災により中断を余儀なくされた復興のシンボル的事業である、「楽蔵」建設事業を、たいへんな困難があった中で完遂させたことがあげられます。この復興事業を通してまちの再興を図っていこうとの想いが、協議会関係者だけでなく、まちなかの市民に共有されたことも大きいと思います。

今後、風評対策を含め復興事業に取組んでいくうえで、必要な支援は何でしょうか

 白河では被災した「楽蔵」のオープンをはじめ、様々な復興策をあがきながら行ってきましたが、風評対策などにこれからも取組んでいくには、どうしても財政的支援が必要となってきます。具体的には、現在政府において検討されている「復興基本方針」の中の、自治体において自由に使い道を決められる交付金制度が早期に創設され、資金措置がなされればたいへん心強いです。


白河からのメッセージがありましたら、お願いします。

 白河では、様々な困難のある中で、まちの再興を目指し、市民一体となって自分たちでできるところから一つ一つ復興事業に取組んできました。こうして苦労しながら取組んできたことが、同じように、今復興に向け格闘している多くの被災地の方々へのメッセージとなれば、と思います。


取材を終えて

「がんばるぞ!白河」のポスター

この「がんばるぞ!白河」のポスター。

「がんばろう」ではないところが白河なのだ!と、取材を通して強く印象に残りました。

 外からの支援もありがたいけれど、まず市民自ら力を合わせて、復興に取組んでいく。その想いが力強い字体とともに、このポスターにも表れています。

 震災の傷は大きく、復興への道のりは長くても、福島県の県民運動スローガンにもある「うつくしま ふくしま」に賑わいが戻るまで、白河は復興に向け粘り強く走り続けていくにちがいありません。



 最後になりましたが、全国の協議会の方々とともに、被災地の皆様が一日も早くいつもの生活に戻られることをお祈り申し上げます。

<取材日H23年7月>

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